知って欲しくなかったのに。
episode10、過去
息を切らしながら泣きそうな顔をする真知の前に、赤也が立つ。
「嬉沙のところに行けって…どういうことだよ」
口調が荒くなるのを抑えながら、赤也は問う。
「嬉沙ちゃん…
上級生に呼び出されたみたいなの」
その場の空気が変わる。
「呼び出されたって…」
「止めようと思ったんだけど…私、出来なくて…」
真知の手が震える。
「でも、嬉沙は1人でも大丈夫じゃ…」
「大丈夫じゃないよ…!嬉沙ちゃんは、強がってるだけなの!!」
真知が顔を上げて言う。
「…なあ、1つ聞いていいか?」
赤也が言う。
「何で、お前と嬉沙は…仲良くなったんだ?」
「え?」
「今聞くことじゃないって分かってっけど…ずっと聞きたかったんだ…」
「…分かった、話すよ…私達のこと…」
そう言うと、真知はあたしとの出会いを話し始めた。
あたし達の出会いは中学の入学式。
真知とは、同じクラスだった。
特に目立つ子ではないし、それ程気に留めてなかった。
ただ、物静かそうな子だなとは思っていた。
それでも、気に留めるようになったのは、
「ちょっと邪魔なんだけど」
「ご、ごめんなさい…」
強引に真知を押しのけていくクラスの女子。
そして、クスクス笑いながら真知を見る視線。
すぐに状況が読めた、いじめだと。
あたしと真知は違う学校から上がってきた。
真知を苛めていたのは、小学校から真知と同じ子達だった。
苛めている理由は多分、男子に人気があることじゃないかと思う。
本人達に確かめた訳じゃないから本当のことは知らないが、真知はあの性格だ。
男子からの人気は高かった。
最初は陰口や無視だったいじめも、日を増すごとにエスカレートしていった。
真知の所有物が無くなったり、目に見えてくるようになってきた。
そんな、ある日のことだった。
天気も良かったので、校庭の隅で昼寝でもしようと思って歩いていた。
すると、隅の方に座っている真知を見つけた。
音を立てないように近づいて見ると、スケッチブックに花をスケッチしている最中だった。
上手い…率直な感想。
「へえ、上手いんだね」
「ひゃあ!!」
真知が悲鳴を上げる。
そして、泣きそうな顔で振り向く。
「あ、あの…その…」
「そんな挙動不審にならないでよ、素直に上手いって思うんだから」
「あ、有難う…」
真知が、スケッチブックに視線を戻す。
スラスラと動いて行く鉛筆から、どんどん絵が広がっていく。
そんな真知の絵に、あたしは心を惹かれていた。
真知の性格そのものが、絵に表れていた。
凄く、暖かい絵だった。
「米倉さんさ…どうして美術部に入らないの?」
「え…だって…そんなに上手い訳じゃないし…こんなの皆に笑われちゃうよ…」
「そうかな?あたしは絶対行けると思うよ」
「そんなことないよ」
「自信持ってよ、あたし、米倉さんの絵好きだよ?」
あたしの言葉に、真知が顔を上げる。
「本当に…?」
「うん、ねぇ、絵描くのって好き?」
「…うん、大好き」
「そっか、じゃあさ今度から描いた絵、あたしに見せてよ」
あたしの言葉に、真知の顔が強張る。
それを少しでも和らげるようにと、あたしは微笑みかけた。
「ね、駄目かな…?」
そう問うと、真知は少し嬉しそうに、「うん」と頷いた。
それから、あたしは度々真知の絵を見せて貰うようになった。
真知の絵は1つ1つが優しかった。
徐々に、真知の心が開いていくのが分かった。
「…幸村さん」
「ん?」
「1つ質問してもいいかな…?」
「いいよ」
凄く嬉しかった。
真知から質問してくれることなんて、ほとんどなかったし…。
思わずニコニコしてしまう。
「その…幸村さんは、テニスしないの?」
「テニス?」
「うん、だって…幸村さんのお兄さんって、テニス部の幸村先輩でしょ?」
「そうだよ」
「だから、テニスとかしてるんじゃないかなって…ごめんね、こんなこと聞いて」
真知が困ったように笑う。
「うーん、テニスか…やってたんだよ、これでも」
「え?」
「でも、やめちゃった」
「…どうして?」
「その…プレッシャーに耐えられなくなったんだ」
「プレッシャー?」
「うん…でも、また始めたいなって思ってる」
「そっか…私、幸村さんのテニスしてる姿、見てみたいなぁ」
「…有難う」
何だか不思議と、自然に笑えた。
でも、そんな平穏もつかの間だった。
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