ただ一言、有難う。




episode26、感謝






あの日、泣くだけ泣いたらすっきりした気がする。

あんなに泣いたのは久しぶりで、涙と一緒に、今まで抱えていたもの全てが流れ出した感じ。

身体も心もすっかり軽くなって、あたしは少しずつだけど自然に笑えるようになった。

真知にも兄さんにも、あの後自分の想いを伝えて、二人とも「もういいんだよ」って笑ってくれた。

それもこれも、全部赤也のお陰だ。

なんか結局、あいつにはいろいろ貰ってばっかりだな。



「有難う、か」



まだこの言葉を伝えていない。

この言葉だけはしっかり伝えなきゃだ。



「あー、もうやだ…いや、やじゃない」

「…嬉沙ちゃん、さっきから百面相だよ」

「はい?」



あたしが顔を上げると、真知がにっこりと微笑む。

あー…そんなつもりはなかったんだけど、あたしは顔に出ていたらしい。

なんか表情豊かになったのかな。



「切原くんのこと?」

「まあね…ちゃんとお礼言わなきゃって」

「そうだね、それに、まだもう一つ言わないとね」

「え、もう一つって?」

「おっす」



教室に響く声。

クラスメイトが「おお、お早う赤也」なんて言って、赤也がいつも通り教室に入ってくる。

いや、いつも通りじゃないかな…?



「珍しいじゃん、赤也が遅刻しないなんて」

「ああん?俺だってやるときゃやるんだよ、ばーか」



ああそっか…今日早いんだ。

そういえばこいつ遅刻常習犯だったっけ。

仲のいい男子と会話をした後、赤也が席に着く。



「お早う、切原くん」

「おっす、米倉」

「…お早う、赤也」

「おお、おっす…」



一瞬赤也がびくりと身体を震わせた。

何、その反応。



「そ、その…嬉沙」

「何?」

「昨日のあれ…大丈夫か?」

「あれ…ああ、見ての通り全然腫れなかったわよ」

「そ、そうか」



良かった、なんて溜め息をつく赤也。

あれは仕方なかったことなのに…こいつは本当に…。






「赤也」

「何だ?」

「…有難う」

「は?」

「だから、有難うって言ったの…昨日のことも…今までのことも」

「嬉沙…」



今まで逃げていることから目を逸らしていたあたしに、気づくきっかけをくれた。

ずっとずっと逃げていたあたしに、自分と向き合うチャンスをくれた。

赤也、あたしはこれでもあんたに感謝してるんだ。

自分を犠牲にしてでも、あたしに気づかせてくれたあんたに。



「それで…これからも宜しくね」

「これから?」

「…だから、これからも仲良くしてやってくれってこと」

「…嬉沙!」

「な、何よ!」



急に大きな声で名前を呼ばれる。

何ごとかと思っていれば、がしりと肩を掴まれる。

「は?」なんて声をあげる間もなく、赤也は次の言葉を口にした。






「俺、嬉沙のことが好きだ!」

「・・・」



シーンと静まり返る教室。

あたしだって状況が読めて無いし、当の本人なんて言い切った達成感に浸ってる。

ねえ、クラスメイトの皆…あたしが言えた義理じゃないけど…何か喋ってよ。

そんな状況が数秒続いて、はっと赤也が我に帰る。

そして、鯉みたいに口をパクパクさせて、顔を真っ赤に染めた。




「お、俺…!今、何て言った?!」

「え、その…」

「わ、忘れてくれ!いや、忘れるな!」

「どっちよ!」



思わずつっこんでしまう。

教室で、しかも公衆の面前で何をやっているんだ。

そんなあたしたちを見て、真知がくすくすと笑い、赤也に目配せする。

すると、赤也がはっとしたように此方を向く。




「…今の、嘘じゃねえぞ」

「え?」

「俺は嬉沙、お前が好きだ」

「なっ!」

「本当は今言うつもりなんてなかったけど…この際言う…返事は急がない…だから、もし良かったらお前の気持ちも聞かせてくれ」

「ちょ、ちょっと赤也…!」

「おーい、お前ら…HR始めるぞー」



凄く絶妙なタイミングで、担任が入ってくる。

動きを止めていたクラスメイトたちも、いそいそと席に着く。

赤也もあたしの前に、自分の席に着く。

それから、すぐにHRが始まったけど、あたしは先程の出来事と、じりじりと感じるクラスメイトたちの視線で、聞く気になんてなれなかった。

好き、って…なんなのよ…。





「(もう、意味わかんない)」





何だか落ち着かないで、とりあえず何も気にしなくて済むように、机に突っ伏した。




To be continue...


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