「誰にも納得なんて出来ないよ…あたしの思いなんて」
「…それでもいいから話してみろよ」
「…もう知ってるかもしれないけど、あたしは昔、テニスをやってたんだ」
「…米倉から聞いた」
「そう…兄さんがやってるのが楽しそうであたしもあんな風にプレイ出来たらって、必死に兄さんの背中を追った」
でも、現実はそううまくはいかなかった。
「周りから向けられるのは”幸村精市の妹”という期待、その期待の重さは尋常じゃなくあたしに圧し掛かった…あたしは兄さんのようには上手くプレイすることなんて出来なかったから、いつも言われる言葉は”本当に幸村の妹か?”って」
なんて酷い言葉なんだろう…。
不二が言っていた”どう頑張っても認められない”
嬉沙は努力家だから、必死に練習を重ねたんだろう。
でも、味わうのは劣等感と…降り注がれる否定の視線。
「そのプレッシャーにあたしは負けてしまった…そして、逃げ出したの…兄さんだって励ましてくれた、それまでも蹴飛ばして…誰もあたしをあたしとして見てくれないんだったら”テニスなんてしなきゃ良かった”って…」
”テニスなんてしなきゃ良かった”
そこまで嬉沙を追い詰めるなんて。
「でも、すぐに後悔した…どうしてやめちゃったんだろうって…そんな時に出会ったのが真知だった…必死に頑張る真知を見ていて、あたしももう一度テニスと兄さんに向き合おうと思った…でも、駄目だった…やっぱり待っていたのは…あたしが耐え切れない程の期待と失望…そして、決定打になったのが、二年になった時」
「二年になった時…?」
俺たちが…二年になった時…忘れもしない、そう、幸村部長が倒れたんだ。
免疫性の難病を患って、手術までしないといけなくなって…。
「兄さん、ちょっと前から分かってたんだ…なのに、無理してテニスを続けて…倒れて、命まで危なくなって…何度も止めた、これ以上やったら、兄さんが危ないよってでも兄さんは言うの、”俺はこうするのが楽しいんだ”って」
部長らしい。
本当にそう思う、口には絶対に出さないけど、俺の尊敬する人。
目標に、する強い人。
「馬鹿だよ本当に、それで倒れて…見てられなかった、あんなに弱弱しい兄さんなんて」
いつも嬉沙にとっては部長はヒーローで、憧れで、どこにいても見守っていてくれる人だったんだ。
「その時思ったんだ…”テニスなんて無かったら”って…テニスが無かったら、あたしがあんな惨めな思いをすることも、兄さんがあんなことになることも無かったんだって…馬鹿でしょ?笑ってくれていいんだよ?こんなエゴも捨てきれないで、あたしはただ”テニスが嫌い”だなんて言ってたんだから」
「…笑わねえよ」
俺がそういうと、少しだけ嬉沙が安心したように息をつく。
けど、すぐに最初の頃に見せた他人を拒絶するような眼差しに戻る。
「これで分かったでしょ?あたしはテニスが嫌い、そして、テニスをやっている人間が嫌い」
「でも、テニスがしたい」
「っだからそんなこと思って無いって言ってるでしょ!いい加減にしてよ!」
「お前こそ、素直になれよ」
「もうたくさんなのよ!何かから逃げ出すのも、あんな惨めな思いをするのも…!あんな思いをするくらいなら、誰とも関わらなければいい、何も始めなければいい!なんて簡単なことなんだろうね、早く気づけば良かったのよ!」
「本当に、そう思ってるのか…?」
今の嬉沙は本心を言っているように見えない。
あんな苦しそうな顔をして、なんてこと言うんだよ。
「そうよ、本気よ…嫌ってくらい後悔してるわ”何でテニスなんて関わっちゃったんだろう”ってね!」
「っいい加減にしろ!」
>