逃げて、逃げて逃げて。
episode22、逃走
逃げ出してしまった、また。
まだ目に焼きついてる、あのユニフォーム。
「まさか…あいつもテニス部だったなんて…」
思えばどこかで見た顔だと思った。
冷静になればすぐに分かったんじゃないか。
「(同じ境遇だからって…少し安心しすぎたみたいね)」
聖ルドルフ、関東でテニスをやっている奴なら(生憎私は全国については知らない)誰だって知ってる。
だから、あいつの顔だって見たことなんてあった筈だった。
いや、正確には”ルドルフに居る前”のあいつに。
不二裕太、何度か名前は聞いたことがある。
というか、前に兄さんと柳さんたちが「青学にあの不二の弟が入るんだって」なんて話していたのを聞いていた。
不二さんに似ているかと聞かれたら微妙だけど…なんとなく気づくべきだった。
ああ、あたしとテニスは結局切れないんだ。
「何、安心してるんだろ…あたし」
テニスとあたしは切れていないって、そう思っただけで何だか心が楽になった気がした。
あたしは自分の意志でテニスをやめたんだ、それなのに、今更何を考えているんだ。
思えば、こんなことを考えるようになったのも、赤也と仲良くなってから。
あいつの存在が、あたしを此処まで変えてしまった。
ずっと忘れていた後悔を、あいつと居ることで思い出してしまった。
”あたしはテニスがしたい”なんて、言える訳が無いじゃない。
あたしは、テニスから逃げたんだ。
そして…兄さんから逃げたんだ。
「あたし、また逃げちゃうのかな…?」
テニスや兄さんから逃げ出して、今度は赤也から。
逃げることはもうたくさん、だから何もかも遠ざけた。
近づかなければ最初からあたしは傷つかないし、誰かを傷つけたりもしない。
もうこれ以上”逃げる”なんてことをしたくないから、最初から何も始めなければいい。
でもそれが、間違ってるなんて、今更気づくなんて…。
いや、本当は最初から気づいていたんだ、こうすることが逃げてるってことだって。
「でも、今更どうしろって言うのよ…」
変に歪んだプライドを持ったあたしには、この事実を認めてもう一度やり直すなんて出来そうにない。
というかしない、これはあたしが決めたことだ。
此処でこれを曲げてしまえば、今までのあたしを否定することになる。
今までのあたしをあたしが認めてあげなくて、誰が認めてくれるっていうのよ。
もう、他人からの評価なんてたくさん。
「あたしは、テニスが大嫌いなんだ」
そう、自分に言い聞かせるように呟く。
これでいいんだ、本当にこれで。
でも、どうしてだろう…頭では納得している筈なのに、何だか胸が落ち着かなくて、悔しくて、唇を噛み締めていた。
不意に、携帯が鳴る。
画面に表示されるのは”切原赤也”という文字。
そういえば、アドレス…交換したんだっけ…。
とりあえずメールを確認してみれば、【明日の放課後、屋上で待ってる】とのこと。
そのメールに、何だかあたしは嫌な予感しかしなかった。
To be continue...
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