自分が分からなくなってくる。






episode18、テスト







ピンポーンとベルの音が鳴る。

出た方がいいのかと思って兄さんに問えば、「今手が離せないから」と一言。

適当に「はい」なんて返事しつつ扉を開ければ、よく知った顔が二つ、そこにあった。



「嬉沙…」

「…真田さん、柳さん、こんにちは」

「ああ、精市は」

「やあ、二人ともいらっしゃい」



用が済んだのか、兄さんがやって来る。

二人が来るなら来ると言ってくれれればいいのに、相変わらず兄さんは大切なことは言わない。

今日はきっと此処でミーティングなんだろう。

何も聞かされていなくてもそれぐらいは分かった。



「あ、どうぞ」

「あ、ああ…お邪魔します…」



客人用のスリッパを用意して促せば、二人が上がってくる。

部屋に行く兄さんに「お茶持って行くね」と言えば、有難うと微笑まれた。

三人分のお茶をお盆に載せ、階段を上って兄さんの部屋へ。

コンコンと規則正しくノックすれば、許可が下りたので恐る恐る中へ入る。

もう見慣れてはいるが、三人揃うとやっぱり迫力がある。



「む、済まないな、嬉沙」

「いいえ、気にしないで下さい」



三人の邪魔にならないように机の上にお盆を載せ、部屋をあとにしようとすると、兄さんから声をかけられる。

「何?」と尋ねれば「座って」と兄さんの隣をポンポンと叩かれた。

ミーティングなのに邪魔じゃないのだろうかなんて心配をしつつ、言われた通りに隣に座った。



「何?兄さん」

「ああ、嬉沙に聞いて欲しいことがあってね」

「精市?」

「いいから」



柳さんが兄さんに問う。

真田さんも柳さんも意外そうな顔をしている中、兄さんだけがニコニコとしている。

一方私は全く状況が読めていなかった。



「これなんだけど」



そう言って、私の前に出されたのはオーダー表。

一瞬顔が引き攣ったが、とりあえず事情を聞こうと兄さんの顔を覗く。



「これがどうしたの?」

「うん、この部分なんだけどね」



そう言って指差したのは”切原”と書かれた文字。

すぐに赤也のことだと分かり、「それがどうしたの」と溜め息交じりに一言。

兄さんは相変わらず笑顔で、楽しそうに言った。



「今度の練習試合のオーダーなんだけど、どうもしっくりこなくてね…嬉沙の意見を聞こうかと」

「…どうしてあたしなの?此処には真田さんや柳さんも居るのに」

「俺たちより嬉沙の方が、赤也のこと分かってるだろうから」


そろりと二人の顔を窺えば、柳さんは頷き、真田さんはずっとあたしがどうするかを覗っている。

…これは、試されてるんだろうか。

実の兄ながら酷いと思う。

兄さんはあたしがテニスが嫌いって知ってるだろうに。

はあ、と一度溜め息をつき、視線をオーダー表に移す。

どうせ答えないといけないんだろうから、と開き直る。



「あたしは赤也にはダブルスもシングルスもどちらもやらせた方がいいと思います」

「それはどうして?」

「…赤也って自己中心的なところがあるでしょう?それでカッとなって回りが見えなくなるタイプ」

「ああ、そうだな」

「こういう奴は確かにワンマンでやらせるのもいいですけど、誰かいいストッパーをつけて自分をセーブする癖をつけさせた方がいいと思うんです…これはテニスにおいてだけでもないんですけど」



これでいいですかと言いたげな表情で三人を見れば、満足そうな顔。

兄さんに至っては本気であたしを試したみたいだ。



「よく見てるじゃないか、嬉沙」

「別に…ただ目に付いただけよ」

「いや、本当によく見ているよ、嬉沙」



柳さんが綺麗に微笑む。

嬉しいのかどうか複雑だが、とりあえず嬉しいってことにしておこう。



「よし、赤也はシングルスとダブルスどちらもやらせるようにしよう」



真田さんが言う。



「有難う嬉沙、参考になったよ」

「いいえ、じゃああたしは自分の部屋に戻るから…お二人ともごゆっくり」



二人にお辞儀をして、部屋を出る。

あたしに声が届かなくなるのを見計らって、柳さんが口を開く。



「精市、どうしてあんなことしたんだ?」

「あんなことって、嬉沙に赤也のことを聞いたことかい?」

「そうだ、嬉沙がテニスのことを嫌っていることを」

「知ってるよ、理由だって分かってる…でも、もういいだろう?」

「精市」



兄さんの目が細まり、どこか解けてしまいそうな儚い声でいった。



「もう、終わりにしていいんだよ…嬉沙だって、赤也と関わって薄々気づいてきてる」

「何をだ?」



真田さんの問いに、兄さんは困ったように微笑む。




「本当は、自分はテニスをしたいんだってことをね」





To be continue...


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