ほんの少し、距離が近づいたような気がする。








episode11、大切なもの







米倉の話を聞き、俺は一目散に屋上を目指した。

先輩達は何も言わず、俺を送り出してくれた。

早く、早くアイツの許に行きたくて、後ろを必死について来る米倉にも構わず、懸命に階段を上がった。

俺が屋上の扉に着いた時、すでにメンバーは揃っていた。

嬉沙の前には、嬉沙を呼び出したであろう女子の集団。

集団のリーダーであろう女子が、嬉沙に話しかける。



「最近、テニス部のメンバーを仲がいいみたいね」

「…それがどうかしましたか?」



相変わらずの様子で、嬉沙が答える。

それに対して、一人の女子が声を上げた。



「何?それが先輩に対する態度?!」



よく言う。

嬉沙が誰と仲良くなろうが、あんたらには関係ないだろ。



「生意気でしたか?すいません、これが素なので」

「っ?!何よ、色目使ってるんでしょ?!」

「テニス部はあんたのモノじゃないんだから、返しなさいよ!」



その言葉に、嬉沙の顔色が変わる。

それは、扉の影から見ていた俺でもすぐに分かった。



「あたしがいつあの人達を自分のモノなんて言いました?」

「そう言わなくても」

「大体、何様なんですか?あの人たちはモノじゃないんです、そもそも返すも何もない」



先ほどまでのものより低くなる嬉沙の声。

それに、女子達は驚いていた。



「口を揃えて返せだのなんだの、貴方達はあの人達をなんだと思っているんですか?」

「な、何が言いたいのよ」

「あの人達がどれだけ努力してあの場所に居るか、貴方達はどれくらい知ってるんですか?何も知らないくせに、自分達のモノだったみたいな言い方して…じゃあ何?貴方達はあの人達に自分達のモノと言えるくらい偉いの?」

「・・・」

「ほら、都合が悪くなればすぐに黙る…そんな人達が偉そうに返せだの言わないで下さい」



いつもより低い声で喋っているのに、顔は笑っている嬉沙。

その姿に、なんだか背筋がぞわりとした。

おいつめられたのか、声を震わせながら、一人が叫んだ。



「何よっあんたこそ偉そうに…!あんたが幸村君の妹じゃなかったら」

「ただじゃ済まないって?」



女子の言葉を、嬉沙が引き継ぐ。

そして、冷たい顔をして言う。



「もしあたしが”幸村精市”の妹だから手を出さないって言うんなら、そんな配慮要りませんよ」

「…どういう意味よ」

「このことに関して、兄は関係ないんです、殴りたいなら殴ればいい、何だって受けてやりますよ」

「な、何言って?!」

「あたしは”幸村嬉沙”個人として来ているんです、あたしに何があろうが、兄に何かさせることはないから安心して下さい」

「そんな保障何処に…」

「大体、あたしは自分が理不尽な理由で呼び出されたことに怒っているわけじゃない」



そう言うと、嬉沙が女子達に歩み寄っていく。

そして、そいつらの顔を言いながら、しっかりとした声で言った。






「あたしは、あの人達があんた達みたいな人にモノ扱いされたことに怒っているんです」

「なっ?!」

「だから、やりたいだけやって下さいよ、あの人達に迷惑なんてかけるつもりはさらさらありませんから兄さんに話したりもしませんしね」



そう言って、ニッコリと笑う。

返す言葉がないのか、誰一人として喋らない。

だが、リーダーの女子が手を挙げて叫ぶ。



「な、何よおお!!」



パシンッ、と乾いた音が響く。

俺の目の前には驚いた女子達の顔、そして、後ろからは「何で」と呟く嬉沙の声が聞こえる。

頬はジリジリと痛むが、先輩達のボールが当たるのに比べれば、痛いとは思わない。



「き、切原君…」

「面白いことしてるじゃないですか、先輩方…どういうつもりッスか?」

「こ、これは…」

「さっさと俺の目の前から消えてくれますか?あ、それとも…本気で俺達から嫌われたいですか?まあ、最も…こんなことしたんですから…ねえ」



女子達の顔は歪み、そのまま走り去っていく。

中には泣きそうになっていた奴も居たが、何でお前らが泣く。

本当に泣きたいのは嬉沙の方だろうに。



「…なんで来たのよ」

「米倉に頼まれたんだよ」

「真知ったら…あたしは一人でも大丈夫なのに」

「心配なんだよあいつは」

「あの人達に殴られるのなんて怖くともなんともないのに」

「俺だって副部長の鉄拳に比べれば、どうってことねえよ」



振り向いてへへっと笑えば、嬉沙が嫌そうな顔をする。

本当に俺達に知られるのが嫌だったみたいだ。

まあ、こんなに堂々と呼び出されてりゃ普通に気付くっつうの。



「…このこと、兄さんは」

「勿論知ってる」



そう俺が言うと、今まで以上に嫌そうな顔をした。



「俺達のこと、あんな風に思ってくれてたんだな」

「盗み聞き?趣味悪いわね」

「そういうなよ、それに、部長のこと、本当に好きなんだな」



キョトンとする嬉沙。

これまで見てきて、こいつがどれだけ幸村部長のことを大切に思っているか、同じように、幸村部長もこいつのことをどれだけ大切に思っているかが分かった。

それなのに、部長が俺にこいつを任せてくれたことが嬉しい反面、いろいろ不安もあったんだけど。

ハア、と溜め息をつくと、俺に背を向け、距離とるように一歩前進する。



「そりゃあ、あんな兄さんを持って、嫌いになる方が無理でしょ」

「まあそうだな」

「それに、兄さんが大切に思っているものはあたしにとっても大切なの」



表情は見えないが、きっと先ほど見せた真剣な表情なんだろう。

冗談なんて微塵も感じない。



「だから、兄さんが大切に思っているものをあんな風に言われて腹がたっただけよ、別に深い意味はないわ」

「嬉沙」

「あたしがどう思われようが知ったこっちゃない、だけど、貴方達をモノ扱いすることだけは許せない」



凛とした声が響く。

もとから好きだったこの声も、今日のことでもっと好きになりそうだ。

でも、それだけ大切に思ってくれているのなら、一つ聞きたいことがある。

これは、聞かなくちゃいけない。



「じゃあ、同じように幸村部長が大切にしているテニスを、どうして大切だと思えないんだ?」

「・・・」

「お前もテニス、やってたんだろ?」

「…真知から聞いたの?」

「ああ」



少しだけ、嬉沙の雰囲気が変わった。

なんだか怒っているようで、それでいて悲しそうで。

俺に「テニスが嫌い」だと告げた時のように。

こいつがいつもそういう時、いつも寂しさが伝わってきた。

本当は、テニスがしたいんじゃないのか?



「さっき、兄さんが大切にしているものは、あたしにとっても大切だって言ったよね?」

「ああ」

「それは本当、嘘なんかじゃない…でも」



嬉沙が振り向く。

そして、悲しそうな目をして、けれど、はっきりとした声で言った。



「テニスだけは別、兄さんにとってどれだけテニスが大切でも、同じようには思えない」

「お前、本当はテニスがしたいんじゃないのか?」



ハッと、嘲るように笑う。



「あたしが、テニスをしたいなんていつ言った?」

「なんでそんなに…そんなにテニスを嫌うんだよ?!」



米倉には、もう一度挑戦するって言ったんだろ?

それならどうして…なんでそこまで…。

俺の中でぐるぐる言葉が回る。

全部吐き出したらすっきりするのかもしれないが、こんなところでそれをするのは馬鹿げている。



「あんたには理解出来ないよ」



そう、悲しそうに呟いた後、嬉沙はそのまま屋上を出て行った。

その時の顔が、切なくて悲しくて…練習に戻っても頭を離れなかった。







To be continue...


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