何だかいろいろもどかしい。
episode7、距離
“赤也“
いつも呼ばれ慣れてる俺の名前。
けど、アイツから呼ばれるのはなんか違う。
なんつーか、こう…メチャクチャ嬉しいっていうか…。
「赤也!!!」
急に名前を呼ばれてビクつく。
振り向いたら、鬼みたいな形相の真田副部長。
やべ…。
「な、なんすか副部長…」
「何だ今のスマッシュは!!たるんどる!!」
「別にたるんでないッスよ!いつも通りじゃないッスか!」
俺が口答えすると、ガツンと拳骨。
え、何で?
殴られるようなことしてねぇだろ。
「罰としてグランド20周」
「そんな!酷いっすよ!」
「さっさと行かんか!!」
「…あーはいはい、行けばいいんでしょ行けば」
そう言うと、また殴られた。
体罰反対、たく、なんだよ俺ばっかり…。
あーイライラする…早く終わらせちまおう。
全力でグランドを駆け抜けた俺はクタクタ。
そんな俺を見て、丸井先輩がケラケラ笑った。
「ちょっと、丸井先輩…指指して笑わないで下さいよ」
「いやっ、だってお前の顔…あはははははは!」
「…!潰す…!」
「ああ?先輩に向かってなんだって?」
「何でもないでーす」
「ふーん?誰のおかげで赤也呼びになったか忘れたみたいだな」
ニヤニヤしながら丸井先輩が俺を見てくる。
自分でも今嫌な顔をしているのが分かる。
この人…本当に人からかうの好きだな。
「そりゃ、そのことには感謝してますよ」
「じゃあ証拠になんか奢れ」
「何後輩にたかってんですか」
「ああ?それくらいいいだろぃ」
「良くないです」
何なんだこの先輩。
「よし、全員集合!」
幸村部長の声が響く。
どうやら今日の練習は終わりらしい。
先輩が帰って行く。
「あ、ジャッカル先輩」
「ん?何だ?」
「俺もう少し打って行きますんで、部室閉めないように言っといて貰っていいッスか?」
「分かった、ただ、オーバーワークし過ぎるなよ」
「ウィーッス」
ジャッカル先輩が部室に向かう。
今日は何だかまだ打ち足りない。
というか、あまり練習に集中出来なかった。
なんつーか、浮かれてた。
そして…
「なーんか、いいことありそうなんだよな」
そう呟くと、壁に向かってボールを打ち始めた。
「随分熱心なのね」
声が聞こえた。
振り向くと、俺の浮かれていた原因。
…いいこと、本当に起きたじゃねぇか。
「練習熱心だからな」
「嘘ばっか、遅刻してばっかなくせに」
「うわっひっでー」
「本当のことでしょ」
ふんっと無愛想な嬉沙。
相変わらずだな本当。
見ると、嬉沙は手ぶら。
…駄目もとで言ってみるか。
「なぁ、練習付き合ってくれよ」
「…あたしがテニス嫌いなの知ってる?」
「知ってる」
「喧嘩売ってんの?」
「売ってねぇよ、お前に売ったって何も得しねぇよ」
「じゃあ何?嫌がらせ?」
心底嫌そうな顔で見てくる嬉沙。
そんなに嫌なもんなのか?
コイツにとってのテニスって。
…でも待てよ?
前は“テニス“って単語も禁句だったよな?
「どうせ暇だろ、付き合えよ」
「誰が暇だって言った?…付き合ってらんないわ…帰る」
「待てよ」
「…何?」
本当に帰りそうな嬉沙を呼び止める。
無視するかと思ったが、予想外…振り返った。
「いや…その」
「何よ、用事がないなら呼ばないでよ」
「その…テニスが嫌いでも、部長とかテニス部のこと嫌いになるなよ」
「…は?」
「いやその…何言ってんだ俺」
いきなり何言い出すんだ俺。
自分でもサッパリ分かんねぇ。
ぷっと嬉沙が吹き出した。
「あたしがいつ兄さんのこと嫌いなんて言った?」
「いや、言ってねぇけど…」
「安心しなよ、テニスは大嫌いだけど、兄さんもテニス部の人もテニス部と思わなければ皆いい人だから」
「あー…微妙だなそれも」
「あたしだって譲れないから」
「あーはいはい、引き止めて悪かったな」
「悪く思うんなら最初からしないでよ」
「言っとくけど声かけてきたのはお前だからな」
「そうだった?」
「そうだった」
「…気紛れよ気紛れ」
「気紛れねぇ」
『ま、精々頑張って?』
「あぁ、精々足掻いてやるよ」
お互いにニヤリと笑う。
そして、嬉沙が去って行った。
どうしてアイツがテニスが嫌いなのかは知らない。
でも、“嫌い“って言ってる割には、“嫌って“そうに見えない。
嫌な顔をしていても、なんか違う。
なんか…よく分からなくなった。
To be continue...
.