「で、お兄ちゃんったら」
そんな風に嬉しそうに話す少女に、私は笑みを深くした。
彼の妹である春奈は、私にとっても妹同然の存在だ。
出会いは、まだ三人共幼かった頃。
散歩という名目で、一人で家の周辺を歩いていた。
曾根には着いてこないでと言っておいたので、自分一人という気楽な時間を有意義に過ごしていた。
そんな時だった、当時、彼と春奈が居た孤児院を見つけたのは。
グラウンドで遊ぶ子ども達には混ざらず、裏庭でサッカーボールを蹴りあう兄妹。
何だかその二人に惹かれて、私はこっそりと孤児院に忍び込んだ。
「こんにちは」
そう私が言えば、二人が警戒したような表情。
春奈を守るように、彼が私の前に立ちふさがる。
まさかこんな風な態度を取られるとは思っていなくて、思わず竦んでしまう。
「あ、あの…」
「だれだ」
「ごめんなさい!」
思わず謝る、そんな私に、二人はキョトンとした顔。
「その…楽しそうだなっておもったら…つい」
「楽しそう…?」
「う、うん…なにしてるのかなって」
「おまえ、サッカー知らないのか?」
「サッカー…?」
思わず首を傾げる。
当時の私はテレビなんて見せて貰えなかったから、サッカーなんて知らなかった。
私の顔を恐る恐る覗き込むと、私の方へボールを蹴る。
そのボールが足に当たると同時に顔を上げれば、彼がニコリと微笑んだ。
「じゃあ、いっしょにやろう!」
「…うん!」
それから、三人でサッカーをした。
初めて触れるボールの感触が新鮮であったのも確かだが、何よりも二人と同じ時を過ごしているという事実が楽しかった。
「おまえ、名前なんていうんだ?」
「えっと…佐須模苑葉…あなたは?」
「おれは有人、そして、こっちが妹の春奈」
「有人に…春奈」
「おれたち、今日から友だちな!」
「友だち…?…うん!」
それから、毎日のように遊んだ。
曾根から怒られたり、嫌なこともたくさんあったけど、彼らと一緒に居ることで心が安らいだ。
でも、そんな時も終わりを迎える。
彼が、鬼道家の養子として迎えられることになったのだ。
そこで、彼との関係も切れた。
何とか会えていた彼は、鬼道ではない彼だったから赦されていただけで、鬼道になった途端に彼へ会いに行くことさえ赦されなくなった。
そして、中学に入学する時、彼が帝国に行くという話を聞いて、私も帝国行きを決意したんだ。
「それにしても、お兄ちゃんは幸せ者ですよ」
「どうして?」
私が尋ねれば、春奈が嬉しそうに微笑んだ。
「だって、苑葉さんみたいな素敵な人に想われてるんですもの!こんな幸せなこと、ないですよ!」
「…そう」
「苑葉さん?」
「春奈、私は…貴方のお兄さん…有人のこと、想っちゃいけないの」
「どうして?二人ともこんなに想いあっているのに…」
「そうね、でもそれだけじゃ駄目なの」
笑いたくもないのに笑みがこぼれる。
佐須模家という呪縛、その呪縛から解き放たれるなんて…そんなこと、きっとない。
「家のこととか…ですか?」
「…私個人の意見や判断で、一族全体に迷惑をかけてしまうこともあるの…そうならないなら、私は自分の気持ちを制御する道を選ぶわ」
「そんなの、悲しすぎます」
「そうね、悲しいわね…これが、有人に恋人が出来たりしてくれれば、どんなに楽なのかしら」
思ってもいないことが言葉として紡がれる。
実際にそんなことになったら、耐えられないなんて目に見えてる。
けど、こう言わずには居られない。
このもどかしい想いを抑える為には。
「…今日は有難う、また、いろいろ話、聞かせてね」
「…はい、またいっぱいお話しましょうね」
そう言った春奈は笑っていたけど、悲しんでいるのが良く分かった。
そんな部分が、彼にそっくりなんだなあなんて。
考えるだけで悲しくなった。