「佐須模、じゃあ頼んだぞ」
「はい、分かりました」
手に渡された書類を持ち、職員室を後にする。
これを生徒会室に届けて欲しいとのこと。
校内は慌しく時間が流れていく。
先日のフットボールフロンティアで影山総帥が逮捕され、帝国学園自体も事件の処分に追われていた。
ふと、顔を上げれば赤いマントが目に入る。
私が居ることに気づいたのか、此方を見て悲しげに笑う。
「こんにちは」
「ああ…それ、運んでるのか?」
「ええ、生徒会室まで」
「手伝う」
そう言って、私の手から書類を奪う。
なんともないように見せようとしているのは分かるんだけど、どうにもそれが隠れていない。
彼らしくない、そう思った。
「何か、あったの?」
問うてみる。
一瞬驚いたような表情をした彼が、また元の悲しげな顔になる。
「先日の試合のこと、知っているか」
「…ええ、サッカー部が大怪我したって」
「ああ」
影山総帥が捕まり、全国大会の一回戦。
雷門中との試合で足を負傷していた彼が試合に出ようとした時、すでに試合は終わっていた。
選手の試合続行不可能による棄権。
あのサッカー部が、と誰もが口々に言った。
「あれ以来、何もやる気がおきない」
「…そう」
「あいつらが傷ついているのを、俺は見ているしか出来なかった…俺は、何も出来なかった」
唇を血が出そうなくらい噛み締める。
その姿が痛々しくて、思わず目を逸らしそうになる。
「…終わってしまったことを、そうくよくよ考えても仕方ないでしょう?」
「しかし」
「貴方らしくないわ…貴方は、サッカーボールを追いかけていればいいの」
「・・・」
「負けてしまったのなら怪我を治してまた一からやり直せばいい、そんな顔をしていたら、源田君達に笑われてしまうわ」
「…お前は、本当に厳しいな」
「貴方がこのくらいじゃくじけないこと、知っているから」
自分の口からこんな言葉が出るなんて思わなかった。
驚きを隠せずにいると、彼が笑った。
少しだけ、悲しみが薄くなった気がする。
「…お前も、変わらないな」
「人はそう簡単に変わらないわ」
「いや…俺は変わったよ」
目を伏せる。
ああ、なんでそんな悲しいことを言うの。
貴方は昔のままでしょう、妹を想って此処まで頑張ってきたというのに。
その優しさも眼差しも、昔と何一つ変わってはいないのに。
「そういえば」
「何?」
「…もう、名前で呼んでくれないんだな」
「…っ」
「名前は無理でも鬼道とでも呼んでくれるかと期待していたんだが…」
「…ごめんなさい、私用事を思い出したから」
そう言って、彼の手から書類を奪って走り出す。
どうして、どうしてそんなことを言うの。
私は貴方のことを好きになってはいけないの。
貴方の名前を呼ばないのは、呼べば呼ぶほど貴方への想いが募っていきそうだから。
私の名前を呼ぶ貴方の声にだって、嬉しさを隠せずに反応してしまうのに。
貴方が変わってしまったなら、私だって変わってしまった。
幼い頃からの想いを押し込めるなんて、そんなことをやってしまうようになってしまったのだから。