家までの帰路がこんなに長く感じたのは初めてかもしれない。
門の前に立ち、大きく深呼吸する。
もうすでに泣きそうだ。
俯きそうな私を叱るように、小平太がぎゅっと手を握る。
そして、顔を見れば、声に出さずに「大丈夫」と勇気付けてくれる。
「お帰りなさいまし、苑葉お嬢様…お久しゅうございます、小平太様」
「お久しぶりです」
「曾根、お父様とお母様はいらっしゃるかしら?」
「はい、奥でくつろいでいらっしゃいますが…」
「…そう、話があるの」
目の前に父と母。
斜め後ろには小平太、そして曾根。
もう破裂してしまうんじゃないかと思うくらい、心臓が鼓動を刻む。
「それで苑葉、話とは何だ?」
「はい」
緊張で喉が渇いてきた。
でも、此処で引き下がるわけにはいかない。
「お父様、お母様…私、小平太との婚約を解消させて頂きます」
「なっ…!?」
「苑葉さん、なんてことを!」
「私は本気です」
まっすぐに、自分の言葉で言う。
もう、後悔なんてしたくない。
彼を失うなんて恐怖、もう感じたくない。
「小平太さんはなんと…」
「私の方は、もう了承しております」
「…苑葉、婚約解消の理由は、鬼道の者か?」
お父様が言う。
気づいていたんだ。
「…はい」
そう返事した私に、お母様と曾根が驚いたような声を出す。
「それが、どういうことか分かっているのか?」
「分かっております」
「佐須模と鬼道は相容れないということも」
「…重々承知しております、ですから」
深呼吸をもう一度。
そして、二人にはっきりと言った。
「気に食わないのであれば、この苑葉を勘当して下さいませ」
「勘当!?」
これには小平太も驚いたらしい。
私の後ろで、今にも立ち上がろうとしている。
「何を言っている、お前はまだ中学生、勘当されて一人で生きてなどいけるものか」
「分かっております」
「それとも、鬼道の家にでも嫁入りする気か」
「・・・」
少し冷静になって、自分の発言に頭が痛くなる。
いくらなんでも勘当は…でも、これぐらい言わないと、二人は聞き入れてくれない。
かと言って、現実味がないのだから同じなのだけど。
「お父様、私は今まで、佐須模の名に相応しい様、当主としてやっていけるように自分に出来る全てを行ってきました…しかし、その任もなくなった今、勝手ながら自由に生きてみたいと思ったのです」
言うことが大袈裟な気がするが、これくらいの勢いでいかないと、どこかでつまってしまいそうだ。
「私は、佐須模も鬼道も関係ないと思うのです…鬼道だから、佐須模だからという考えは、私は間違っていると思います」
「苑葉…」
「…親不孝者で申し訳ございません」
思わず泣きそうになり、頭を下げる。
すると、頭上で父の溜め息が聞こえる。
「親不孝者…か」
「お父様…?」
「もう、一族の皆も気づいているよ…佐須模だから鬼道だからと囚われる考え方が古いということも…だが、認めたくなかった…意地になっていた」
何十年も栄光を掴んできた佐須模だからこそ、そのプライドを捨てきれなかった。
そのプライドに耐え切れず、消化する為に鬼道を眼の敵にしていた。
でも、鬼道も佐須模も協力し合える筈だ。
「…苑葉の、好きにするといい」
「え…?」
「当主である前に、私はお前の父親だ…娘の幸せを祈らないわけがないだろう?だが、私にも当主としての責任がある…分かってくれるか?」
「…はい」
「苑葉」
「はい」
「鬼道のところの…有人くん、と言ったかな…あまりじっくりと見たことはないが、いい人物だな…私達にここまで言わせたんだ…後悔だけはするんじゃない」
「…はいっ!」
お父様の顔も、お母様の顔も笑っていた。
振り向けば、小平太も嬉しそうな顔。
曾根に至っては、涙を流している。
「苑葉、行くぞ」
「え、どこへ?」
「決まっているだろう?雷門中だ」
そう言って手を差し出す小平太に、私は涙ぐみながらも手を伸ばした。