彼に報告をして数日後、私は小平太の元を訪れていた。
あの庭中に響く鹿威しの音が聞きたいと言ったら、何も言わずに上がるように促す。
ごめんなさいと言えば、気にするなと一言。
縁側に腰を下ろし、耳を澄ませば、水や風の音と共に聞こえてくる鹿威しの音。
何故だかあの音が昔から心地よくて、何かあればすぐ此処に来ていた。
「何か、あったのか?」
「どうして?」
「お前は、何かないと此処に来ないからな」
「いいじゃない、もう婚約者なんだからいつ来ても」
「…そのことか」
はあと小平太が溜め息をつく。
変なところで勘が働く。
まあ、小平太に隠し事が出来た例なんてないのだけど。
「苑葉、鬼道のことが好きだろう」
「…どうしてそう想うの?」
「この間の才次との話の時のお前の反応を見たらな」
「…まいったなあ」
隠していた方がいいと思っていた。
でも、小平太に隠し事なんて無理だった。
現に、彼への私の想いは見破られてしまっているのだから。
「鬼道はこのことを」
「知ってる…先日話したわ」
「いいのか?」
「小平太までそんなことを言うの?佐須模と鬼道は交じり合えないの…昔から言われていることじゃない」
「それは昔だ、変わろうとすれば変えられるかもしれないだろう」
「…いいの、私の甘い考えで、お父様や一族全体に迷惑がかかってしまうから」
私の言葉に、小平太が黙る。
その沈黙が耐えられなくて、話題を探して話を続ける。
「それに、婚約者が小平太で良かったと思ってるわ、小さい頃からお嫁に行くなら小平太のところなんだろうって思っていたから」
笑顔を作って小平太の方を向く。
カポン、と鹿威しの音が響く。
それと同時に、小平太が口を開く。
「俺は嫌だぞ」
「え?」
「好いている同士でもない相手と結婚など、此方からお断りだ」
「え、小平太…?」
小平太は私に近づくと、膝を立ててしゃがみ、私に視線を合わせる。
そして、私の目をまっすぐに見ながら言った。
「俺も、嫁に貰うならきっと苑葉なのだろうと思っていた、それに、苑葉となら結婚しても構わないと思っていた」
「だったら」
「だが、それはあくまでお前と俺が想いあっていればという前提があってだ」
「・・・」
言葉が出ない。
どうして、どうしてそういうことを言うの。
小平太との婚約で、やっと想いが晴れてきそうなきそうな気がしていたのに。
小平太の両手が、私の肩に置かれる。
「幼い頃から見てきたから、苑葉には幸せになって欲しいと思っていた、俺が幸せにする覚悟もしているつもりだ…でも、お前は鬼道が好きなんだろう?」
「でも、私は佐須模で、彼は鬼道で」
「だったらなんだ、一番一族に…”佐須模”という名前に囚われているのは、お前じゃないのか?」
小平太の言葉に、思わず泣きそうになる。
的確な発言、今の私は、溢れそうな涙を堪えることで精一杯だった。
「確かに、お前が鬼道を取るということは一族に混乱を招くかもしれない、だが、お前は充分悩んだろう?お前が当主を継ぐかもしれなかった時だって、今だって」
「小平太…」
「もっと自分に素直になってみろ、俺が知っているお前の父上や母上は、お前の幸せを願わない人物ではない」
ボロボロと涙が零れる。
ああ、押さえきれなかった。
泣かないって決めてた、泣いたって何も変わらないから。
でも、今こうして小平太に背中を押して貰ったことで、抑えていたものが全て出て行くような気がする。
涙でボロボロの私の顔を見て、小平太が微笑む。
「行こう、話しをつけよう…俺も着いていくから」
「…有難う、小平太」
私が静かに目を伏せれば、肩に置かれていた小平太の手が、そっと私の手を握った。