闇の中で微睡んでいると急激に頭が冴えだした。
頭を手で押さえながら起き上り、周りを見渡すと、黒黒黒。
「…どこだ?ここ」
と、言ってみたものの恐らく自分の精神世界であろうと目星をつける。
自分がアラガミ化したところから記憶がない。
『ソラ』
突然聞こえた自分以外の他者の声に冷汗が流れる。
しかもこの声は……
「アリス?」
振り返れば親友が笑顔で立っていた。
『ソラ』
思わず一歩後ずさる。
誰だ、こいつは…。オレはこんな奴知らない。
『ねえソラ、どうして?』
「?」
『どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?』
「っ…」
『どうして、あんたが生きてるの?』
幻なのは分かっているのに動揺が隠せない。
血の気が引くのを感じた。
まるで、本物のようなオレの親友。
『人殺し』
思わず肩がはねる。
オレは、仲間を見殺しにして、親友に手を掛けた。
嫌な汗が背中を伝う。
『人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し』
「あ……う…あ」
思わず耳をふさごうとした時だった。
「ソラ!目ぇ覚ませぇぇぇぇっ」
リオウの声が響き光に包まれた。
目を覆っていた手を外すと、夕暮れ時のような空の中、水上に立っていた。
「ここは…」
『ここもあなたの精神世界です』
後ろから聞こえた声に思わず振り返る。
そこにいたのは、美しい白髪に、着物姿の美女だった。
「…あんた誰だ?」
『あなたの神機ですよ、主。名はございません』
目の前の女の言葉に唖然とする。だがそれが嘘だとは思わなかった。
すると、水が盛り上がり黒が飛び出してきた。
「ちっ…。派手な登場じゃねぇか。ハンニバルさんよぉ」
『グウォォォォォッ!!』
水が波打つ。
きっと表側のオレはリオウたちが倒してくれる。それなら、
「オレ達が負けるわけにはいかねぇよなァ、雪姫!」
出会ったときから決めていた名で呼ぶとオレの神機…雪姫は嬉しそうにほほ笑んだ。
『この雪姫、主の盾となり、剣となりましょう』
そう言って雪姫は神機に姿を変え、オレの手に収まった。
以前よりもずっと馴染んだ気がする。
「待たせたな。終わらせようぜ」
ゆっくりと神機を構え、勢いよく跳んだ。
金属がぶつかる音や肉を切る音が響く。下は水場にもかかわらず動きにくいという事はない。寧ろここは自分が生み出した世界なだけあって動きやすいくらいだ。
素早い攻撃につい防戦一方になるが、隙を見つけては攻撃を繰り出す。
「せあっ!」
攻撃の構えに気付き、即座に距離を取り装甲を展開する。
やはり一撃が重い。…だが押し負ける訳にはいかない。
「ああああああっ!!」
ハンニバルの攻撃をはじき、コアに向って素早い攻撃を繰り出す。
こちらも体力は限界だが、向こうはオレ以上に動きが鈍くなっている。
攻撃をかわしながらまるで走馬灯のように記憶が流れてきた。
『ねぇ、ソラ。もし私がアラガミ化したら…どうする?』
『は?』
『やだなーもしもの話だよ。…で、どうする?』
『お前はどうして欲しいんだよ…』
『んーどうせなら親友に殺してほしいかなあ』
ウェーブのかかった髪をふわふわと揺らしながら笑う親友に思わずため息を吐く。
『オレに人殺しになれってか?』
『違う違う。忘れた?私ってどうせ死ぬなら好きな人に殺されたい派だってこと』
『そりゃ二次元に限るんじゃなかったのかよ…』
『ソラは別〜。どうせならソラの髪を私の血で真っ赤に染めてから死にたいのよねぇ』
『狂愛者か』
『だからさ、もし私がアラガミ化したらソラが殺してね。そして…』
「私を殺したことに罪の意識を持たないで……か」
綺麗だった水は真っ赤に染まっている。
「なぁんで今更思い出すかなぁ」
あいつはいつだって俺の親友でいてくれたじゃないか。
あいつは恨んでなんかいなかったじゃないか。
「なぁ、アリス」
世界が再び光に包まれる中、黒い髪の少女がこちらを見ているような気がした。
「っソラ!」
ボーッと立っていると後ろから声を掛けられた。
「お前…ら…」
思わず足から力が抜けてしまった。
「ちょっソラ大丈夫!?」
「すまん、力が入らん」
「えぇっ!?」
マナとトモがオレの世話をしようと寄ってきたが、世界が揺れ、データ化を始めた。
そして、
「っ何!?これ…」
トモやマナ、順位の下の奴らから順に消え始めた。
「落ち着け。帰るだけだ」
「え?」
「お前たちはGAMEをクリアした。よってこの世界は崩壊。お前らは帰還ってわけだ」
少しづつ消えていく仲間たちを見送っているとリオウが緊張した面持ちでこちらに声をかけてきた。
「…ソラ」
「ん?」
最後に残ったリオウも消えつつある。
「…帰ってくるよね?」
泣きそうなリオウの表情に胸が軋んだ。だが…
「リオウ」
「…」
「オレは道化師だ」
笑顔の仮面を張り付けるとリオウの表情が強張った。
「さようなら」
「っソ…」
リオウの言葉は途切れ、世界は閉ざされた。
『主』
「…これで良かったんだよな」
思わず苦笑しながら、雪姫を見やる。
そして最早黒しかなくなった世界に横たわった。
「悪い………もう……目ぇ、開けてらんねぇや……」
『…はい』
「雪姫……あり…がと………おや……す…み」
『はい…。ごゆっくりお休みください。主』
『うわ、壁はがれてんじゃん』
『どんだけこの道場老朽化進んでんだよ』
『ってか誰が剥いたん?』
『吹っ飛んだ竹刀があたってとれたらしいで』
『『『えっ?』』』
ずるっ ゴン!
『ぎゃーマナ大丈夫!?』
『うぅ…頭打った』
『また袴ひっかけたの?』
『違う。床がカッサカサで滑った』
『オウッフ』
『ちょっこれ誰の血?』
『おーい、足から血ぃ垂れ流してるの誰やー』
『雑巾持ってこーい』
真っ黒な世界には白が二つ。
横たわっている少女の頬を涙が伝う。
しかし、表情はひどく穏やかだった。
それを見届けたもう一人の白い女性は少女の中に光となって消えた。
それと入れ替わるようにふわりと現れた黒い少女は、白い少女の髪をなで、泣きながら笑う。
「ありがとう」
こうして、仲間を騙し、自分をも偽り続けた少女の物語は幕を下ろした。
―残り
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