無防備彼女


「これは、一体……」

 目の前に広がる信じがたい事実に、スガタは半ば呆然と呟いた。
 これは、一体。どう解釈すればいいのだろうか。瞬きすら忘れ、スガタは目の前の人物を凝視する。
 先程の授業は体育で、バスケットボールだった。スガタのチームとタクトのチームで試合をしたのだが、試合中のドリブルでタクトが足を捻ったらしく、二人は今保健室にいる。
 タクトは大したことはないからと保健室に来る事を渋ったが、一応処置はしておいた方がいいだろう。もし大きな怪我に発展したらどうするんだ、とスガタが渋るタクトを強制的に連れてきたのだった。
 しかし、保健室を訪れたのはいいものの、保健室には保健教師の姿はなく、暫く戻ってくる様子もなかった。その為、タクトをベッドへと座らせ、スガタが代わりに処置をしたのだが、問題はそこで起きた。
 処置の途中で痛がったタクトが若干ばたばたと暴れ、寝転がった時に見えてしまったのだ。タクトの体操服が捲れ、さらしと男にはあるはずのない膨らみ――胸が。

「……タクト」
「は、はい?」

 じっとタクトを見たまま名前を呼べば、タクトはやや顔を引きつらせて返事をした。
 胸がある、という事は。これは、もしかしなくてもそういう事なのだろうか。

「お前、女だったのか」
「え、ああうん、一応は。あれ、言ってなかったっけ?」

 やや顔を赤らめ、苦笑しながらあまりにもあっさりと肯定したタクトに、スガタは目眩を覚えた。おまけに、言ってなかったっけ?ときた。そんな事は言われていないし、全くの初耳だ。
 だいたい、普通に男の制服を着て学園に通っていれば、男だと認識するのが普通だろう。私服も長袖Tシャツにジーパンで、女の子というイメージには繋がらなかった。

「何で普通に男子制服で通ってるんだ……」
「何か学校側の手違いみたいだけど、ズボンの方が動きやすいしさ。スカートってあんまり好きじゃないし、訂正しなくてもまあいいかなって思って」

 捲れた服を直し、身体を起こしながらからからと笑うタクトに、スガタは頭痛を感じて額を押さえた。続けて、はあと深く息を吐き出す。
 ああ、頭が痛い。いいのか、そんなに適当で。
 それなりに把握はしたが、スガタの頭の中は未だに混乱気味だった。一体どうしろというのか。非常にリアクションに困る。

「スガタ?」

 どうするべきかと一人悶々と悩むスガタに、タクトが首を傾げる。不思議そうにこてん、と頭を傾ける様はとても可愛いのだが、そういう問題ではない。

「頭痛いの?」

 覗き込むようにして、ぺたりと額へと手をあててくるタクトに、スガタの頭痛は強まるばかりだ。
 頭痛の原因はお前だと言いたかったが、言ったところで理解してくれそうにない。スガタは呆れたようにため息をつく事で、言葉を飲み込んだ。

「……お前、そんなんだといつか襲われるな」
「へ? 何で?」
「分からないなら分からせてやろうか?」

 まるで意味が分からないといった様子できょとんと瞬きをするタクトに、スガタはにっこりと笑顔を浮かべた。
 どうしてこうも無防備で、警戒心がないのだろう。いっそ、分かるまで教え込んでやろうか。

「わ?! えーと、スガタさん……?」

 とん、とタクトの身体を押せば、タクトは簡単にベッドへと倒れ込んだ。どさりと音がして、シーツのあちこちに皺が寄る。
 手を押さえて覆い被さるように覗けば、タクトは顔を赤らめてあたふたとしていた。スガタの考えを感じ取ったのか、タクトの額に冷や汗がうっすらと浮かび始める。
 今がどんな状況なのか分かったらしいが、危機を感じとるのが些か遅くはないだろうか。

「ここで襲われてみるか? うん?」
「いや、あの、スガタ?!」

 笑顔のまま言うと、タクトは顔を真っ赤にしてあうあうと狼狽える。眉は困ったようにハの字に下がりっぱなしで、耳まで赤い。心なしか、ぷるぷると震えているような気もする。
 顔を近づけてみると、タクトはびくりと身体を強ばらせ、ぎゅっと目を閉じた。
 反応は可愛いけれど、これは少し苛めすぎたかもしれない。押さえていた手を離して、タクトの髪に触れる。落ち着かせるように撫でてやり、何もしないから大丈夫だと伝えた。

「ごめん、悪かったよ」
「スガタの馬鹿、えっち……!」
「タクトも悪いんだからな」

 真っ赤な顔のままでじとりと見てくるタクトに苦笑して、スガタはタクトの額をぺしりと弾く。これに懲りたら今後は気をつけろ、と釘を刺し、タクトから離れた。
 タクトはといえば、でこぴんをされて不満そうに膨れている。むっと頬を膨らませてはいるが、一応懲りたのかタクトは小さく分かったよ、と返事をした。
 分かってくれなければ困る。この無防備な子は、全く。
 男だと思っていた親友が、実は女の子だった。普通なら、簡単には信じられない程衝撃的である。けれども、驚きはしたものの、不思議とすんなりと納得できるのはどうしてだろうか。
 まさかの事実を知った驚愕もそこそこに、スガタは早くもタクトへの認識を改めたのだった。




fin.





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