ツナシ・タクトの反転


 日常というものは、こんなにも暴走で溢れているものだっただろうか。

「はぁ……」

 今日も今日とて、ワコは止まらない。相も変わらず妄想に意識を向けているワコを遠い目で見つめ、タクトは深々と息を吐き出した。
 いつもなら壁にもたれ掛かって立っているのだが、今は立っている元気すらないらしい。今日はスガタの横に、力の抜けたように座っている。
 確かにスガタの事は恋愛的な意味で好きだけれど、そうだと言える筈もない。スガタがそういう意味で好いてくれているのは何となく分かる。しかし、かといって素直に受け止める踏ん切りもつかない。
 チャンスといえばチャンス、ピンチといえばピンチ。
 ワコの妄想の内容が分かってしまう為に、妙にスガタを意識してしまい、タクトは困り果てていた。全く以て、どうすればいいのかが分からない。

「イッツアピーンチ……」

 前回のワコの大暴走から、流石に耐えかねたタクトは、それとなくワコにあの妄想はどうにかならないのかと尋ねてみた。しかし、ワコ自身も無自覚あるいは天然で考えてしまっているが故に、本人に悪気はない。ごめんね、と申し訳なさそうに謝りはするものの、やはり彼女の妄想は止まらないのだった。
 無自覚である為ワコを怒る気にはなれないし、暴走するのは主に部室の中だけというだけマシだ。けれど、本人に悪気がない以上、どうにもできない。問題が解決できないと分かってしまったのが痛い。
 無自覚や天然は怖いと時々聞くが、タクトはその意味が今になって分かった。これは怖い、本当に。

「疲れてるな」
「まあね……」

 疲れているようなへこんでいるようなタクトに、スガタがくすりと笑う。
 スガタは本当にスルースキルが高い。単に緩いだけなのかもしれないが、今はその余裕が羨ましい。スガタくらいに余裕があれば、いっそ楽なのに。
 きゃあああああ!と、妄想組の女子三人の甲高い悲鳴が耳に突き刺さる。もう、気にするのをやめるか開き直るしかないような気がしてきた。

「…………ねえ、スガタ」
「ん?」
「ちょっと付き合ってくれない?」
「僕でよければ」

 何かを覚悟したように視線を向けるタクトに、何をとは問わず、スガタはすんなりと頷いた。流れからして、何となく言わずとも伝わっていたのだろう。

「で、どうする?」
「そこは言わなくても分かって欲しいな」

 分かってるくせに訊かないでよ、とタクトは薄く笑うスガタに苦笑を溢す。

「じゃあとりあえず、」
「妄想と同じ事でもしてみますか」

 ああもう、開き直ってしまえ。そんなに期待しているのなら、それを実行してやろうじゃないか。
 開き直る方向に決めたタクトは、今までの反応とはうって変わって。目を閉じて、自分からスガタの唇へ自分のそれを重ねた。

「ほあっ!? え、えっ!?」
「これはっ……!」
「何とっ……!」

 瞬間、広がるどよめき。順に、ワコ・ジャガー・タイガーである。
 現実の出来事に目が覚めたのか、ワコは妄想という自分の世界から戻ってきていた。状況が把握できないらしく、口をぱくぱくとさせながら瞬きを繰り返している。
 ジャガーとタイガーはというと、瞬きもそこそこに、スガタとタクトを凝視しているのだった。

「ん、ふ……んっ……!」

 くちゅり、と唾液の混ざりあう音がする。角度を変えて繰り返される口づけは、タクトから酸素を奪っていく。

「っは、は……」
「大丈夫?」
「大丈夫、だけど。スガタさーん、いきなりディープ過ぎやしませんか」
「そう? ワコ達の妄想に応えてみたんだけど」

 足りなくなった酸素を求めて呼吸を繰り返せば、スガタは苦しかったかと尋ねてくる。乱れた呼吸を整えながら、タクトは酸欠になるかと思ったと答えた。
 流石に予想外だった。軽いものかと思いきや、あんなに深いものをされたのでは苦しくもなる。

「でも。開き直って正解、かな」

 思い切ってみてよかった。恥ずかしいけれど、幸せだ。半ば、自棄になった感じはするけれど。一度反転してしまえば、何の事はない。
 言葉になっていない声を上げている妄想組をよそに、はにかみながら柔らかな笑みを浮かべ、タクトはスガタへと身体を預けた。




fin.






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