アゲマキ・ワコの暴走
「タクト……」
「スガタ……」
ベッドの上で寄り添い向かい合うのは、青い髪の少年と赤い髪の少年。艶のある声で互いの名前を呼んで、じっと見つめあう。
「いいんだな?」
「……うん。いいよ、スガタなら…」
スガタの問いにこくりと頷いたタクトは、恥ずかしそうにスガタから目を逸らした。顔は真っ赤で、瞳は緊張からかゆらゆらと揺れている。そんなタクトを見てスガタは緩く笑み、額や頬に軽いキスを落としていく。
軽いキスを何度も交わしながら、やがて二人の身体はゆっくりとベッドへと沈んでいった―――。
「はわぁ……!」
「ワコ様流石です!」
「今日も素晴らしいです!」
「はは…今度は何を考えてるのかな……」
放課後、演劇部部室。いつの間にか妄想の世界へと意識を飛ばしているワコと、賞賛の声を上げているジャガーとタイガーに、タクトが渇いた笑いを溢した。
考えている事は何となく予想がつくが、出来れば違っていて欲しい。けれどもう慣れてしまっているのもあって、おそらく予想とそう変わらないであろう事が分かっている辺りがどうしようもない。
「帰ってきてワコ…」
タクトの切実さを含んだ声はワコに届く筈もなく、ジャガーとタイガーの黄色い声にかき消された。
ワコの妄想力はとにかく凄まじい。寧ろ、ある意味逞しいとさえ言ってもいい。どこからそんなものが浮かんでくるのかと思うほど、それはもう。
ちょっとした事がきっかけになって、ワコが妄想をするのは最早お約束。お決まりのパターンである。
何かについてどうこう考えるのは個人の自由であり、ちょっとした想像をするのは誰にでもある事だ。しかし、ワコの場合は想像という普通の言葉は当てはまらない。
何と言うか、ワコの想像は想像ではなく最早妄想の域であり、少なくとも一般の女子高生が思い浮かべるようなものではないのである。平たく言うと、妄想の内容が毎回危ない。
ワコの妄想は決まってスガタとタクトに関する事で、所謂ボーイズラブという部類に入る。しかも、何故かキスシーンやベッドシーンが多い。何故男同士なのか。何故濡れ場なのか。
ワコは俗に言う腐女子ではない筈だが、どうしてそっちに思考が働いてしまうのかが全くの謎だ。恐るべし天然。
そもそもスガタはワコの許嫁ではなかっただろうか。家同士が勝手に決めた事とはいえ、仮にも許嫁でそんな妄想ができるのが凄い。
「今日も凄いね、ワコ」
「ほんとにね……」
一人妄想の世界へと旅立っているワコを見て、スガタは穏やかに笑う。一方で、タクトはげんなりとして苦笑を浮かべるばかりだ。
許嫁に妄想の対象にされているというのに、どうしてこんなにも緩いのだろうか。余裕すら感じるスガタがいっそ清々しい。
「せめて、僕らがいる前ではやめてくれないかな……」
「ワコはマイペースだから無理だろうな」
「はは、だよねー…。僕、もうどうすればいいのか分からなくなってきた」
「開き直ればいいんじゃないか?」
「君ね……はぁ」
そうしたら妄想じゃなくなるだろ、と至って真面目に、さらりと言ってのけるスガタにタクトは返す言葉もなかった。呆れやら驚きやら、その他色々。
果たしてスガタは、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。分かっていながら、わざと言っていそうな気がしてならない。スガタなら有り得る。
色々とどうしたものか、とタクトは盛大なため息をついた。
「タクト君可愛い……!」
妄想の中のタクトに対しぽつりと何かを呟いたワコに、タクトは頭が重くなるのを感じた。
暴走しているワコは、きっと誰にも止められない。次からは暴走する前に止めるべきかと、タクトはしみじみと思った。
ワコの妄想も暴走も、いつもの事だけれど。今日ばかりは。スガタの言うように、いっそ開き直ってやろうか、といつでもポジティブな筈のタクトは思ったのだった。
fin.