砂浜の戸惑い


 青い空、白い雲。ディープブルーの煌めく海。太陽の光がさんさんと降り注ぎ、緩やかな風に乗って海の香りが漂ってくる。
 夏の暑さがいよいよ本格的になってきた今日この頃、スガタとタクトは二人で海に来ていた。南の島だけあって、元から温かい分夏は暑い。
 この時期になると、皆涼しさを求めて海へと出向くらしく、砂浜も海も多くの人で賑わっている。

「凄い人だね……。うう、何か視線が痛い……」

 人の多さに驚きながら、タクトは困ったように眉を下げた。上に羽織るものを持ってこなかったのは失敗だった。
 やたら人に見られているような気がして、どうにも落ち着かない。できるだけ周りを見ないようにして、タクトは半ばスガタの後ろに隠れるように歩く。
 タクトは紅い髪と瞳故に、元々目立ちやすい。それに加え、今日は髪や瞳と同じく紅いビキニを身につけている。
 健康的に焼けた肌に、すらりとした手足、細い腰。胸はそれほど大きいわけではないが、小さいというわけでもない。
 いつもなら、見えるはずのない素肌。普段は長袖Tシャツにジーパンというラフで露出の少ない服装をしているが、水着となるとどうしても露出は避けられない。
 肌が惜しげもなく晒されている事により、何時にも増して周りからの視線が集まってしまうのは致し方のない事だった。
 周りからじろじろと見られるのが、タクトは恥ずかしくて堪らないらしい。先程からスガタの羽織っているパーカーを小さく握って、眉をハの字に下げっぱなしだった。

「大丈夫か?」

 半ば怯えているようにも見えるタクトに目をやり、スガタが尋ねる。目立ってしまうのは仕方がないにしても、これは少し可哀想だ。
 あんま大丈夫じゃないかも、とぼそりと返ってきたのを耳にして、スガタはどうしたものかと小さく息を吐き出す。スガタとしても、恋人が他の男にじろじろと見られているというのは面白くない。

「スガタ?」
「あまり意味がないかもしれないが、ないよりはマシだろう」

 立ち止まって、落ち着かないからかどこかそわそわとした様子のタクトに、羽織っていたパーカーをかけてやる。上半身しか隠せないが、何もないよりはいいだろう。
 ばさりと肩にかけたそれでタクトの上半身を隠すようにすると、タクトは少しだけはにかんで笑った。

「ありがとう」
「気にするな。泳ぐなら、もう少し人の少ない所の方がいいな」
「うん、その方がいいかも。ここじゃちょっと、ね」

 ここは、人が多すぎて落ち着かないよ。そうぼやくタクトのふわふわとした髪を緩く撫でれば、くすぐったそうに笑った。そんなタクトにふっと微笑を返し、はぐれないようにタクトの手を取る。ざっと周りを見渡し、比較的人の少ない方を探しながら、スガタは歩き始めた。
 歩いている間も、周りから向けられる視線は堪えない。タクトの水着姿だけでも十分に目立っているのだが、視線を集めているのは何もタクトだけではなかった。
 言わずもがな、スガタも同様で。その整った容姿からか、スガタも目立っているのだった。
 二人が海に来た時から、スガタには女からの、タクトには男からの視線が集中していた。個人でも人の目をひく二人が揃っているのだから、余計に目立つのは当然の事だ。
 せっかく涼みに来たというのに、これでは涼むに涼めない。こうも見られていては、落ち着いて泳ぐどころではない。
 これだけ人がいれば、全く人気のない所はおそらくないだろう。誰もいない所とは言わないが、せめてもう少し人の少ないで涼みたいものだ。
 足を進めるペースを少しだけはやめ、さくさくと砂浜を歩く。人と人との間を縫うように暫く歩いて行くと、だんだんとすれ違う人の数が少なくなってくる。
 それなりに視線も気にならなくなってきた所で、スガタは足を止めた。

「この辺りでいいだろう」
「そうだね。ね、早く泳ごうよ!」
「ああ」

 スガタが頷いたのを確認すると、タクトは早々に羽織っていたパーカーを脱ぎ始める。脱いだそれを簡単に畳んで、足元に置く。
 さっきまで困ったような表情をしていたタクトだが、泳げる事が分かって元気になったのか、今はその様子はない。早く泳ぎたくて堪らない、といった様子で、スガタを早く早くと急かしている。
 一方スガタはといえば、海よりもパーカーを脱いだ事により露わになったタクトの水着姿に目がいっていた。我が恋人ながら可愛い、と心の中で惚気てみる。
 ちらり水着姿に目をやった後にタクトを見つめれば、タクトはきょとりと首を傾げた。

「スガタ? どうしたの?」
「いや? ただ、僕の恋人は可愛いな、と思ってね」
「なっ……、いきなり何言ってるのさ!」

 くすくすと笑いながら言えば、タクトは目を見開いた後に瞬く間に真っ赤になった。こういうふうにすぐに照れるところも含め、タクトは本当に可愛いと思う。
 本人に言えば、きっと別に可愛くなんかないと否定されてしまうのだろうけれども、スガタはタクトのそんな部分も好きだった。

「泳ぐんだろう? ほら、行くぞ」
「あ、待ってよスガタ!」

 真っ赤になって動揺しているタクトをそのままに、一足先に海へと足を進める。歩きながら繋いだままだった手をぐいっと引けば、一拍遅れてタクトもついてくる。タクトがスガタに追いついた所で、二人は海に向かって駆け出した。
 夏の暑い日差しの中、寄せては返す波の中へと足を踏み入れる。バシャバシャと海水を跳ねさせながら、スガタとタクトは日が暮れるまで海を満喫したのだった。




fin.





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