簡単には言えない


 大切な事や強く思っている事ほど、なかなか口には出せない。タクトはそれを、身を以って実感していた。
 ベッドの上に座り、タクトは何をするわけでもなく天井を見上げる。横では、スガタが静かに本に視線を落としていた。染み一つない綺麗な天井に目をやったまま、思考を巡らせる。
 言いたい事の全てを口に出せないわけではない。タクトは正すべきものや言うべき事であれば、ちゃんと口にする事ができる性格だ。思った事はわりとすぐに口にしてしまうタイプであり、本当に言いたい言葉を言えないなんて事は、今まであまりなかった。
 ただ、特定の事柄に対してだけ、上手く言葉にできない時がある。それを考えるようになったのは、スガタと付き合うようになってからだ。
 スガタと恋仲になって以来、どうにも上手く言葉にできないでいる。スガタへの気持ちを。好きだという、言葉を。
 たった、何文字かだけ。片手で数えられるくらい、少ないのに。喉までは上がってくるその言葉を、どうしてか口にできない。
 今だってそうだ。せっかくの休日。スガタの部屋で、スガタと二人きりで過ごしているというのに、好きの一つも言えない。静かに、時間だけが過ぎていく。
 スガタはいつも、色んな言葉をくれるのに。好き、愛してる。同じように言葉を返したいのに、タクトはそれに頷くのが精一杯。自分から口にする事ができずにいる。
 言いたい気持ちはあるのに、どうしても恥ずかしくなってしまって。今まで、誰かに愛しいという気持ちを伝えるような事をした事がないのもあって、余計に照れくさくて。なかなか、言えない。

「難しいなぁ……」

 呟いて、身体を支えていた腕の力を抜く。そのままぱたりとベッドへ身体を投げ出した。隣へと視線を移せば、活字を追っているのであろうスガタの横顔が目に映る。
 言いたいのに言えないというのは、何とももどかしいものだ。じわじわと強まるもどかしさは、焦りにも似ている。その感覚は、タクトを一層悩ましくさせた。

「タクト」
「んー、何?」

 ふと名前を呼ばれ、漸く思考の海から浮上する。ぼんやりと天井を見つめたまま気の抜けた声を返せば、スガタが苦笑するのが分かった。

「また何か変な事で悩んでるだろ」

 ぱたん、と本が閉じられる音がして、断言するようにスガタが言った。ぱちりと一つ瞬きをしてスガタの方を見れば、さっきから皺が寄ってるぞ、と額を軽く小突かれた。

「む、変な事とは失礼な」

 じとりとスガタを見て、タクトは緩く頬を膨らませる。タクトとしてはいたって真剣な事で悩んでいるのだが、変な事と言われるのは些か納得がいかない。
 口ぶりからして、スガタにはタクトが何を悩んでいるのかが分かっているのだろう。大切な事だよ、と呟けば、スガタは目を細めてくすくすと笑った。

「あまり気にするな。タクトの気持ちは、ちゃんと伝わってるから」
「スガタ……」

 言葉にしなくても、ちゃんと分かってるから。そう続けるスガタの琥珀色の瞳と、視線がぶつかる。
 瞳に湛えられている、優しくて柔らかな光。愛しさの含まれているそれは、タクトをどこか安心させる。
 さらりと髪を撫でられて、タクトは苦笑せざるを得なかった。
 本当に、スガタには何でも分かってしまう。何も言っていないのに、いつの間にか。言いたい事すらも、スガタには伝わっているのだから不思議だ。
 言葉にする事は、とても大切な事。けれど、スガタは気にするなと言う。言葉にせずとも、気持ちが伝わっているからこそなのかもしれないが、やはり気になってしまう。
 言ってもらうばかりで、返す事ができないというのはもどかしい。気にしないでいるのは、きっと難しい。言えないままは、嫌だから。

「ゆっくりでいいよ」
「……うん」

 二の句を継ぐ前にスガタに諭されるように言われ、タクトは小さく頷いた。スガタの方へと手を伸ばせば、スガタの手が重ねられる。ぎゅっと手を握って、目を閉じる。
 少し、深く考えすぎていたのかもしれない。数秒の後に目を開けて、ゆっくりと瞬きをする。

「スガタ」
「ああ」

 ちゃんと言うから、待ってて。そんな意味を込めて名前を呼べば、額にスガタの唇が降りてきた。握った手に、少しだけ強く力を込める。
 伝えたい言葉は、沢山ある。好きも愛してるも、数えきれないほど沢山。
 言おうと思えば思うほど、口にはだせなくなってしまう、沢山の言葉達。今はまだ、口にはできないけれど。簡単には、言えないけれど。
 いつも想っている。誰よりも好きで、誰よりも愛しいという事を。
 いつかは、伝えるから。ありったけの、気持ちを。大好きな、君に。




fin.



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