絶対的決定事項
ツナシ・タクトには手を出すな。出したら命はないと思え、何があっても深入りするな。
南十字学園での一年一組では、いつからだったか、それがクラスの中の暗黙のルールとなっていた。何故こんなルールができてしまったのかといえば、原因はある人物にある。
タクトの親友であり、また恋人でもある男、シンドウ・スガタ。その整った容姿や柔らかな言動から、彼は学園内の王子様的存在だ。
眉目秀麗、才色兼備といった言葉が正しく当てはまる。しかし、ルールの元凶となったのは他でもない、シンドウ・スガタという人物だった。
女子から絶大な人気を誇るスガタだが、彼の目に映っているのは形式上許嫁であるワコでも他の女子でもない。
スガタが気を向けているのは、ただ一人。ツナシ・タクトだけだ。他の人間は目に入らないらしく、正しくタクト以外はアウト・オブ・眼中だった。
スガタは見た目の柔らかさとは裏腹に、存外独占欲というものが強い。タクトに好意を持つ者がタクトと接している時のスガタは、はっきり言って穏やかでない。
別段何かを仕掛けたりするわけではないのだが、態度が言っている。タクトに近づくな、と。
ポーカーフェイスでこそあるが、普段通りの表情でスガタが黒いオーラを放つ時の恐ろしさと言ったらない。笑顔だけれど、目は笑っていない。それを、怖い以外にどう形容できようか。
教室内の空気が凍りつきそうなほどの、威圧感。無言の圧力。そんなスガタの目の前で、タクトに取り入ろうとするほど図太い神経の持ち主はそうそういない。
こうしたスガタの無言の圧力――という名の牽制――により、一組に暗黙のルールが出来上がったのだった。
以前はタクトに近づこうとする者が沢山いたが、スガタの牽制を受けてか、今となっては殆どいない。
「だいぶ減ってきた、かな」
「減ってきた? 何が?」
タクトに手を出そうとする輩がだいぶ減ってきた。そんな含みを込めて小さく呟けば、それを聞きとったらしいタクトが不思議そうに訊き返した。
きょとりと瞬きをして、タクトはスガタを見る。何でもないよとスガタが返せば、タクトは何の事なのかさっぱり分からないといった様子で首を傾げた。
「何だよ気になるなー、隠し事ー?」
「ふふ、タクトの事だよ」
小さく笑ってタクトのふわふわとした髪を撫でる。ゆるゆるとそれを繰り返すと、タクトは気持ちよさそうに目を瞑った。
考えていたのがタクトの事だというのは、嘘ではない。かといって、考えていた事のありのままでもないのだが。
タクトはクラス内の暗黙のルールについてを知らない。肝心な所では鈍いタクトが悟れるはずもなく、クラス内でルールを知らないのはタクトただ一人だけだった。
わざわざ教える事でもない為、スガタはタクトに教えていない。クラスメイト達も、余計な事をしてスガタの怒りを買うのは避けたい為にタクトには黙っているのだった。
「僕が考えるのは、タクトの事だけだ」
「さらっと恥ずかしい事言わないでよ……嬉しいけど、さ」
さらりと恥ずかしくなるような言葉を口にしたスガタに、タクトは少しだけ困ったように眉を下げた。しかし、ぼそりと嬉しいと言っている辺り、まんざらでもないらしい。恥ずかしそうに目は泳いでいながらも、頬はほんのりと赤く染まっていた。
二人きりの世界のようなやりとりをしているここは教室なわけなのだが、二人につっこみを入れる者は一人としていない。理由は一つ、関わらないに限るからだ。
甘い空気を醸し出し始めていても、ぐっと我慢。一部の女子は楽しそうに二人の様子を見ているが、過半数はルールに則って口を出さないようにしている。
下手に何かを言ってしまったら、後が怖い。タクトが絡んだ時のスガタは、本当に容赦がないのだ。
触らぬ神に何とやら。触らぬシンドウ・スガタに祟りなし、である。
だんだんと、空気の甘さが増してくる教室内。当事者であるスガタとタクト、そして一部の女子を除いた全員が、一刻も早く放課後になってくれる事を心待ちにしていた。
fin.