心の声、掬い上げるのは君


 授業が終わり、スガタと部室へと移動して暫く。他のメンバーが各々用事で遅れるとの事で、タクトはスガタと談笑しながら、二人で皆を待っていた。
 並んで椅子に座って、他愛のない会話をして笑いあう。ふと胸がつきりと痛んで、タクトは胸元を押さえた。少しだけ俯いて、シャツを握り締める。
 スガタの優しさに触れていると、時々泣いてしまいそうになる。温かくて、柔らかなスガタの笑みや仕草。一つ一つが、酷く優しくて。我慢していたものを、溢してしまいそうになる。
 泣きそうになる度にじっと堪えるが、それはふとした瞬間にやってくる。スガタと話している時、スガタの事を考えている時。そして、今も。

「タクト?」

 シャツの胸元を握って急に黙ってしまったタクトに、スガタが声をかける。スガタの声にはっとして顔を上げれば、心配そうにしているスガタと視線がぶつかった。

「どうかしたのか?」
「え、いや……な、何でもないよ!」

 訝るスガタに、しまったと思いながらもにこりと笑って返す。少しばかり言葉を濁してしまったからか、スガタの瞳がすうっと細められた。
 聡いスガタには、嘘が下手なタクトの誤魔化しは通用しないのだろう。取り繕った言葉は完全に、誤魔化しだとばれてしまっているようだった。

「何でもないわけがないだろう。……泣きそうな顔、してるぞ」
「! そんな事……」
「あるから言ってるんだ。ここ最近、ずっとそうじゃないか」
「……っ!」

 少しだけ呆れたように息をついてスガタが言った言葉に、タクトは目を見開いた。否定の言葉を並べる前にスガタに遮られ、言葉を詰まらせる。
 まさか、スガタにばれているとは思わなかった。悟られないように、心配をかけないように。スガタや皆の前では、笑顔でいるようにしていたのに。

「……ごめん、大丈夫だから……。すぐ、いつもみたいに笑うから」
「無理に笑わなくていい。我慢、するな」
「スガ、タ……」

 タクト、と柔らかな声で名前を呼ばれ、優しくて逞しい腕に包まれる。ふわりと抱き締められて、目頭が熱くなっていくのを感じた。じわじわと瞳が潤んで、視界がぼやけていく。

「泣いても、いいんだ」
「う……くっ……、スガタぁ……!」

 声に促されるように、タクトの瞳から涙が零れ落ちる。最初は小さな涙の粒が頬を伝っただけだったが、やがて溢れるようにぽろぽろと零れ始めた。
 人前では、泣かないようにしていたのに。皆の前では、いつでも元気でいなきゃ、笑っていなきゃ。そう、自分に言い聞かせてきたのに。
 どうしてだろう。ずっとずっと、我慢してきた。それなのに。スガタの言葉と行動に、簡単に崩されてしまった。

「ふ…ううっ……、うわぁぁぁぁぁぁっ……!」

 優しく髪を撫でられて、今まで我慢していたものが、堰を切ったように溢れだす。込み上げてくる感情は、もうどうにもできない。
 涙の溜まった瞳から、ぼろぼろと涙が零れては頬を滑り落ちた。頬を伝う涙は、抱き締めてくれているスガタの肩へと落ち、上着を濡らしていく。

「ふ、うっ……ひっく……!」
「僕の前では、我慢しなくていいよ」

 全部全部、我慢しなくたっていい。僕の前でだけは、我慢しないでくれ。
 耳元で囁く声と同時に、目尻へとスガタの唇が触れる。そっとキスをして、止めどなく流れる涙をスガタは優しく舐めとった。

「泣きたい時は、思いきり泣けばいい。そばに、いるから」
「う、ん……!」

 スガタの指が、タクトの瞳に溜まったそっと涙を拭う。涙を拭った手は緩やかにタクトの頭へと移動し、あやすように髪を撫でた。
 触れた場所から、温もりが広がる。どこまでも優しいその手つきに、またじわりと涙が滲んだ。

「スガタ、スガタっ……!」

 繰り返し名前を呼んで、縋りつく。スガタの上着をぎゅっと握れば、スガタはそれに応えるようにタクトを抱き締める腕に力を込めた。
 こんなに涙を流したのは、いつぶりだろうか。最後に泣いたのがいつだったか覚えていないくらいに、きっと泣いていない。
 いつだって、抱えている思いに気づいてくれるのは。心の声を拾い上げてくれるのは、スガタだけだ。聞こえないように叫んでいるはずなのに、どうしてか掬い上げてくれる。
 瞬きをする度に涙が滑り落ちて、スガタのシャツを濡らしていった。ぽんぽんと背中を叩かれたのを合図に、スガタの胸へ顔を埋める。時折嗚咽を溢しながら、タクトは声を上げて泣いた。




fin.





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