お菓子よりも甘い、


 放課後の屋上。一人佇むタクトは、手に持った小さな箱を見つめ、どうしたものかと小さく息をついた。
 本来なら今は部活に行かなければならない時間帯なのだが、タクトには部活に行けない理由があった。フェンスに手をあてて、ぼんやりと考える。
 タクトの手の中の、プレゼント用に綺麗にラッピングされた小さな箱。手に持っているそれの中身はチョコレートだ。
 今日は、所謂バレンタインデーという日だった。大切な人に、大好きな人に、甘いチョコレートと共に想いを伝える日。
 今までは女の子の為にあるようなものだとばかり思っていたが、今年は違った。男であるタクトは、本来ならば貰う側に属している。しかし、スガタという恋人ができた今年は、渡す側に回っているのだった。
 手に持っているチョコレートは、貰ったものではない。タクトがスガタの為に用意したものだ。

「渡すタイミングが、見つからない……」

 小さな箱を見つめて、困ったように呟く。躊躇いながら用意したのはいいものの、いつ、どうやって渡せばいいのかが分からない。
 人前で堂々と渡すわけにもいかず、かといって二人きりになる時間もなく。なかなか渡す機会もなく、タクトは困っていたのだった。
 渡すタイミングを考えあぐねて、気づけば放課後。とっさにスガタとワコに部活には先に行くように伝えたが、結局考えても答えは見つからなかった。そろそろ部活にも顔を出さなければまずい。

「これ、どうしよう……。渡さなくて、いいかなぁ……」
「何だ、くれないのか?」
「へっ?!」

 渡すタイミングも見つからないし、諦めようか。そう考えながら呟いた時に後ろからかけられた声に、タクトは呆けた声を上げた。
 聞きなれた声。落ち着いたテノールのそれは、よく知っているものだ。
 驚きながらもゆっくりと振り返れば、瞳に映る鮮やかな蒼。そこには、淡く笑みを湛えたスガタが立っていた。

「ス、スガタ?! どうしてここに……?!」
「お前がなかなか来ないから、探しにきたんだよ。それよりタクト、僕に何か渡すものは?」
「えっ?!」

 渡すものがあるんだろう?というスガタの問いかけに、タクトは目を丸くする。これは、もしかしなくてもばれている。
 やはりと言うべきか、スガタはタクトがどうしたいのかを分かっているらしい。あうあうと狼狽えるタクトを見て、くすくすと笑った。

「今日はバレンタインだろう? タクトは僕にくれないの?」
「うー……スガタの意地悪……!」
「何の事?」

 分かっているくせに、わざわざ訊いてくるなんて狡い。楽しそうに笑むスガタを睨むが、全く効果はないようだった。
 うう、と唸るタクトの顔が、恥ずかしさからかだんだん赤くなっていく。どくどくと鼓動が早まって、緊張にも似た感覚がした。
 渡そうとは思ってはいたが、本人を前にするとやはり恥ずかしいものだ。今までにこんな事をした事がないのもあって、余計に恥ずかしい。

「タクト」
「…………スガタ。貰って、くれる……?」

 優しいスガタの声に促されて、タクトは漸く口を開く。ラッピングされた箱をスガタの方に差し出しておずおずと尋ねれば、スガタはタクトの手を包むようにそれを受け取って、柔らかに微笑んだ。

「勿論だよ。ありがとう、タクト」
「んっ…好きだよ、スガタ」

 差し出したチョコレートの代わりに返ってきたのは、甘い口づけ。熱くて、とびきり甘い。
 ちゅ、と音を立てて、唇が重なる。蕩けそうなそれは、どんなお菓子やチョコレートよりも甘かった。




fin.





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