離れない手


 今朝からタクトの様子がおかしいと感じてはいたが、案の定彼は風邪気味で、熱まであるのだという。ふらふらとどこか覚束ないタクトの様子にいち早く気付いたスガタが、シンドウ家へとタクトを連れ帰ったのは、つい今しがたの事だった。

「全く…、どうしてこうも無茶をするんだか…」

 タクトをベッドへと寝かせたスガタは、呆れたように息をついた。ベッドへ腰掛けタクトを見つめるスガタの表情は、少しばかり険しい。
 繰り返される荒い呼吸。時折咳き込むタクトの顔は真っ赤で、眉は苦しそうにしかめられている。
 スガタがタクトを連れて早退したのは、1限目が終わった直後だ。どうにも具合の悪そうなタクトを見かねて額に触れてみれば、通常ではありえない熱を帯びていた。おそらくは、登校前から既に熱があったのだろう。
 寮のタクトの部屋ではなく自宅へタクトを連れてきたのは、寮では看病するには不便である事と、ゆっくり休めないだろうと判断したからだった。
 熱があるのなら、大人しく休めばよかったものを。体調の悪い時でもいつも通りに振る舞おうとし、無理をするのがタクトの悪いところだ。

「う…ぁ、スガタ……?」

 ぴくりと瞼が震え、紅い瞳がゆっくりと覗く。熱や苦しさからか声は僅かに掠れていて、瞳はゆらゆらと揺れていた。

「あ、れ? 僕、学校にいたはずじゃ…」
「無理はするな。暫く寝ていた方がいい」

 身体を起こそうとするタクトにやんわりと静止をかけ、タクトの身体をベッドへと押し戻す。
 汗で顔に張りついている髪の毛を剥がしてやり、朱に染まっている頬に触れれば、やはり顔は火照っていて熱かった。

「何か飲むものを持ってくるよ。喉が渇くだろう?」

 風邪を引いている時は、こまめに水分をとった方がいい。汗をかいて脱水症状になるだろうし、喉もからからになるだろう。
 そう思い、スガタは立ち上がって扉の方へと足を踏み出した。すると、不意に緩くだが後ろへと引っ張られる。振り返ってみれば、タクトが右の袖を握っていた。

「タクト?」
「スガ…タ、行かな…で。そばに、いてよ……」

 袖を握る手にぎゅっと力を込めて、タクトは途切れ途切れに言う。熱で潤んだ瞳で見てくるタクトに、スガタは目を見開いた。
 熱の所為で気が弱っているのだろうか。ぜえぜえと荒い呼吸をしながら、タクトは縋るような視線を向けている。
 おねがいだから、と半ば呂律の回っていない掠れた声で乞われては、嫌とは言えない。まるで幼い子どものような様子のタクトに苦笑して、スガタは再びベッドへと腰を下ろした。

「分かったよ。タクトのそばにいる」
「ほんと……?」
「ああ。だから、今は眠るといい」
「う、ん…」

 安心させるように髪を撫でれば、タクトはとろんとした瞳で小さく頷いた。やがてゆるゆると瞼を閉じ、タクトは眠りに落ちていった。
 飲み物は後でタイガーかジャガーに持ってきてもらうとして、これはどうしたものか。困った事に、タクトはスガタの服の袖を握ったまま寝てしまった。
 起こさないようにそっと手を離させようと試みるが、タクトはぎゅっと握ったまま離さない。存外強く握っているらしく、離すのは無理なようだった。
 これでは、暫く動けそうにない。少なくとも、タクトが目を覚ますまでは無理だろう。

「まあ、いいか」

 多少不便ではあるが、そばにいると約束した事だし、タクトが目を覚ますまでこのまま待っているとしよう。
 手を無理に離して、起こしてしまうのは忍びない。動けないからといって、そう困る事もないのだ。
 少々手持ちぶさたではあるが、致し方ない。今はすうすうと眠るタクトの寝顔を、静かに見ている事にした。




fin.





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