□DEEP 2






瞳を閉じ、青峰の心臓の音を聞く。


力強い心音。血潮の流れは今日も青峰が生きているという紛れもない証明。


黄瀬の全てである、青峰という存在。

ずっとずっと、永遠に命が果てたとしても、俺の存在はこの人ものだ。


黄瀬は首の傷口から僅かに血を流しながらも、そっと笑う。



ずっと昔から、青峰の傍にいる事が一番の幸せなのだ。




……ずっと、昔……から……?



いつ、から?



否、ずっと昔、年数なんて覚えてない。

でも、具体的には……え、と、そう。






シーツに染みた首の血液を眺めて見ると、赤司の瞳の色を思い出した。


オッドアイ。琥珀よりもっと赤より、濃い金のような。角度によって変わる片目と、真紅の流れ出した血の色をした濃い赤。




あれ、えっと、いつ、か、ら?



キンと耳の奥から、耳鳴りが響いた。



「何、考えてんだよ?」



「なん、にも…。ね、大輝様、今日も一緒にお風呂入ってくれる?」



「ああ、いいぜ」


見たくないものは見ない。黄瀬は目を塞ぐ。



青峰に抱き上げられた黄瀬は、もはや一人では入れなくなった、バスルームへ向かう。




ベッドに落ちた包帯とシーツは白と赤に塗れ、静かに主人達を見送っていた。









二人で入る、バスルーム。


設計の段階で防犯面を考慮して窓は作らない方がいいと反対するものもいたが、
青峰は一番広い窓での設計着工を所望した。


大きな窓は空が己の物かと錯覚するような気分になる。



夜に明かりを消して特注の広い猫足のバスタブに浸かれば、月がゆらゆら水面に浮かび、その中で主人とペットは淫らに耽る。


明るいうちに入れば太陽の光と新緑の木立の中の上、空を流れゆく雲を見ながら、主人とペットは優雅にバスタイム。


今日はまだ昼も三時を過ぎたところ。


二人は溢れても尚贅沢に湯を出し続け、戯れを繰り返す。


浅黒い肌に置かれる白雪の肌を持つ指。


何度も何度も繰り返される口づけに黄瀬の息は上がり、吐息は熱を孕む。



黄瀬が青峰の濡れた髪を透き、耳を柔らかく食めば、お返しとばかりに青峰は黄瀬の猫毛
を透きあげ片耳だけに存在するピアスごと口に含み、その後、舌を耳に入れる。



ぴちゃぴちゃとダイレクトに鼓膜に響き、くすぐったいと身をよじれば、

ちゃぷちゃぷと風呂の水面を揺らしバスタブからあふれ出る湯の量を追加する。


「大輝さ、ま。くすぐったい、っスよ」


「ハ、嬉しいくせに」


「ゥ、ンっ。はぁっ。もっと……」


「あ?」


「もっと、欲しぃっ――アァっ!!」


「今日はもう何も予定ねーから、好きなだけ強請れ、イヌ」



「大輝様っ」



「ンンっ――」



湯気の中、絡み合う青と黄色。


それを、見ている存在は、誰もいないはずだった。



「――って、なんだ、あのちいせぇ鳥。なんで、赤司の鷲?」



小さな手乗り文鳥のサイズの小鳥を襲う、鷲が窓の外、青峰の視界に入る。



「……まぁいい。なあ、もっともっと俺を欲しがれよ」



今は目の前のイヌ以外は煩わしいのだ。







本日のティータイム。


緑間と恋人の高尾は、午後三時のティータイムを楽しむ。




はしたない発情期の犬とその主人とは違うのだよ、そう言う様に、昼は紳士的に。



「高尾、新しいフレーバーなのだよ。南の諸島の珍しい花から採ったらしい」



「へー、いい香り。しんちゃんは物知りだし、珍しいものも取り寄せれるし、流石だよねぇ」


「フン、大したことはない。五感の強い……お前の為だ。香りも味も色も、上質なものがいいだろう」


「真ちゃん、ありがとうね」



小さなシフォンケーキは生クリームをたっぷりと。


戦禍を免れた街の平凡な顔立ちの青年がつくったものを取り寄せたのだ。


全ては溺愛する高尾のため。



高尾が暖かなフレバーティーを一口飲み、顔をほころばせ、嬉しそうに笑う。


もういっぱい頂戴!と血行のよくなった紅潮した顔で催促する。


ここにもまた、二人だけの世界。


緑間は口に広がる甘い香りに笑みを濃くした。


二人でほうと息を着く。
と、静寂さは突然、息を潜めた。

近距離で高尾にしか聞こえない鳥の声がし、目の瞳孔が銀に光る。


「あ、真ちゃん、ちょっと席はずしていい?」


「無作法だ。何なのだよ」


「うーん、俺の世話してる鷲いるじゃん」


「ああ、それが何だ。大体世話しているとは言うものの赤司の飼っている鷲だろう」


「うん、まあそうなんだけど。餌やりは俺が世話してんのよ」


「で、その鷲がなんだ」


「どうもなんか変なもの食ったみたいだから、様子見に行っていい? すぐに戻ってくるからさ」


「……まあいいのだよ、許可してやろう」


「ん、ありがと」



「ふん、さっさと帰って来い」


シフォンケーキが乾いてぱさぱさにならないうちに。
ちゃんと帰ってくるよ。



だから、また美味しい紅茶、入れてよ、真ちゃん。


緑間の自室を出て、高尾は、ある人の下へ走っていく。






「高尾か」



扉をノックする前に部屋の中から声をかけられる。

赤司にはそう全てが見えている。


「赤司サマ、入るぜ」


「どうやら鳥の姿をしたドブ鼠がいたようだね」


「よく見つけられたもんだな」


窓は無用心にも全開になっており、椅子に腰掛ける優雅な赤司はちらりと高尾の姿を視界にいれ、鷹を腕に落ち着かせた。


床に落ちた鳥は小さな機械でできていた。

破壊され粉々になった機械の部品。


赤司は美しく妖艶に、高尾が見惚れるのも目を奪われるのも分かっていて、口角を上げた。


「僕に分からないことはないよ。そうこれが入ってきた理由も、これが何を撮ったかもね」


「いったい何が?」


「もう何も映ってないよ。ただ、これが撮った内容をしかと眼に入れた人物がいる」


「敵……?」



「そう。敵の結構な中枢の人間さ。直に向こうから動き出すから、それを迎え撃つべく、明日以降は準備だね。まあ時間はあるから、誰かに奇襲させるのもいいな」


「……すぐ戻って緑間に何か伝えますか?」


「否、いいよ。ああ、後でいいから、この子にご馳走をお願いしよう。生きのいい野兎でも蛇でも喜ぶものを」


「……承知しました」


「今は真太郎の元に早く戻っておやり。シフォンケーキが乾くんだろ?」


どこまでも視とおすその赤司の眼に高尾はぞっとし、さっさと赤司の自室より去る。


暖かな恋人と一緒の世界へ戻り、暖めて貰おう。
高尾は鷹も連れ、一目散に廊下を掛ける。


「ふ、真太郎も大輝も幸せそうで何よりだ。……信じたくないものを見たら、人は絶望し、どう動くか。さて、見ものだね」


赤司は床に落ちた鳥だったものを拾い上げると、そっとその腹を撫でた。


まるで小鳥の死を痛む、善良なる優しい少年のように、優しく。


そして、次の瞬間、ぐしゃりとつぶす。


楽しい遊戯がはじまる。


そう――さぞおかしそうに嗤うのだった。








「信じねえ、俺は絶対に!!」

火神はそういったものの、内心は絶望している。
信じたくないものが、事実として認めざる終えなかったからだ。



時は迫ってきているのかもしれない。



青と黄と燃えるような赤が出会えば、何かは起こる。
化学反応は、未知数の実験結果を呼ぶのだ。





END

20140618


お誕生日おめでとうなのに、なにやらこんなんなりました!!

美しい黄ちゃんが今年もさらに幸せでありますように!






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