□甘い生活。

















青峰が帰宅すると、ダイニングキッチンで黄瀬は夕飯の支度をしていた。


トントン、トントン。

刻むリズムは規則的。モデルを職業としている姿勢は正しく、
だが後ろ姿は家庭的で、どことなく漂う甘い雰囲気は、自分への愛情を感じる。




青峰の胸に暖かなものが広がった。


「青峰っち。おかえりなさい」


「おー。ただいま」


「今日は青峰っちのリクエストのエビチリと豚汁っスよー」


「まじで!!」


晩御飯を待つ幼い子供のようなテンションに黄瀬は甘く微笑んだ。


「うん、まじまじ。てか、外暑かったでしょ?」


「アイスともども、溶とけそーになった」


「アイス買ってきてくれたの?!」


「がりがりくん買ってきた」


「いいッスねー。デザートに食べましょ。箱から出して冷凍庫に入れてくれる?」


「了解」


今年の猛暑は一味違う暑さで、連日35度を超え、日中に熱せられたアスファルトの熱は夜になっても下がることはなく、熱帯夜の日々。
熱中症患者はうなぎ上りに増えている。


省エネは勿論だが、熱中症になって病院に運ばれては元も子もない。テレビやパソコンをなるべくつけずに過ごす代わりに冷房は我慢をしないことにしている。


筋肉質な青峰はスポーツマンであるし、代謝もいい。
その青峰が快適だと感じる室内の温度に冷やしてあった。


冷凍庫にアイスを入れ終え、エビの下ごしらえをしている黄瀬をじっと見る。
視線に気がついた黄瀬はまた美しいかんばせをゆるくし、穏やかな口調で話し始める。


「もう少しで出来上がるから、青峰っち、お風呂入っておいでよ。汗沢山かいたでしょ、ね?」

優しい笑みは天の使いかと思わせ、青峰は見惚れてしまう。


何年経っても変わらない美しい容姿とその中身。青峰はふとした瞬間に痛烈に感じる黄瀬の内外の美しさに魂をとられたかのようにぼぅと立ち尽くす。


「……おぉ。そーする」


どうにか返事をし、ふらふらと風呂場へ向かう青峰を見送った黄瀬はまた見当違いに
「熱すぎてボーっとなってるんスかね。風呂上りはアルコールより水分を補給したほうがいいかも」と考えた。


アルコールも水分に間違いないのだが、利尿作用があるため厳密に言えば水分補給にならない。

黄瀬は自分の好んで飲んでいる水の数種類を見渡すと、その中の一本を取り出し、風呂上りの青峰に飲ませるべく用意を始めた。








風呂を終え青峰が脱衣所から出て、ダイニングへ向かうころには、小鉢やサラダがテーブルには並んでいた。


冷えたグラス。ロックアイスを浮かべたミネラルウォーターが、涼やかに鎮座しており、その位置は青峰の座るほうだった。


「あ、青峰っち。今日はビールやめて、水分とりましょーよ。さっきぼーっとしてたし。熱中症の初期症状だったら大変でしょ」



「あー……サンキュ」


風呂上りのビールは今日は無しだな。


残念には思ったが、黄瀬の可愛さに免じて、青峰は本日を休肝日とした。



グラスに入ったミネラルウォーターを一気飲みして、一息つく。
せめてもの気遣いなのか炭酸水であり、小さくなった氷も口に含み涼を取る。


同じ「涼」なら、こっちの「涼」がいい。青峰は氷を丈夫な奥歯で噛み砕き、豚汁を作る過程で灰汁を取っている黄瀬に近づき、背後から細い腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。


「青峰っち、お腹空いたっスよね。豚汁は野菜を煮たら出来るっスから。我慢出来なかったら、先にテーブルに並んだの、食べてていいよ?」


優しい声が染み渡り、青峰は黄瀬の背中にぴったりくっつき、幼子が母に付きまとうようにさらに纏わりつく。



エロいことしてーな。
ほっせーよな。マジで。
けど、腹も減った。


ほぼ乾いた髪を、ぐりぐり首元に擦り付け、唸っていると黄瀬はまた笑う。


「ふふっ、大ちゃん、くすぐったいっスよ。甘えたい気分なんスか?」


「甘やかして」


「あはは、可愛いっスね」


青峰を可愛いと思う人間など、黄瀬はいない。

可愛いなんていわれた日にはその人間をボールと一緒にゴールへダンクしてしまうだろう。


ちう。首に吸い付いて、紅い鬱血を残し、青峰は席についた。


本日の夕食は、小鉢3品、サラダ、エビチリ、豚汁、大盛りのつやつやご飯と、冷えたほうじ茶。

野菜もたんぱく質も、炭水化物もバランスよく取れる献立はスポーツマンである青峰の体を考えてのものだった。


黄瀬はいまや本格的なモデルであり、多忙を極めているのに。
野球選手と結婚したアイドルばりに、料理をがんばってくれている。手の込んだ小鉢、沢山の具材の入った豚汁。


「「いただきます」」


二人で囲む食卓はいつも暖かい。
熱い中食べる豚汁は、さといもが柔らかくとろけ、ばら肉をつかったため旨味成分が舌と、胃にじわっと広がる。


「うめぇ!」


青峰は率直に黄瀬へ感想を伝える。


「うん、よかった。いっぱい食べて」


「おお。あ、テツと今日会ったぜ。黄瀬がこれ以上痩せないようにしっかり食わせろってよ」


「いいなー。黒子っち元気してた? 俺、結構食べてるんスけど。暑いからやっぱり食欲湧かないんスよね」


「食えよ。俺と同じ位今日は食え。ただよ。テツもなんかへばってたぜ」


「青峰っちと同じ量は食べきれないっスわ。黒子っちに後で連絡してみようかな」


「テツより今日は俺に構え」



「青峰っち。今日は本当に甘えん坊さんっスね。分かったっス。黒子っちには明日メールする」



出会って、付き合って、同棲してもう何年にもなる。

いつまでも新婚家庭気分を味わえるのは黄瀬のおかげだろう。
青峰はこの甘い生活を、黄瀬と二人ならば、10年経っても20年経っても続けれる。そう思った。









20130818







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