□蛍
初夏を迎え、梅雨に入るその頃、川の上流では蛍が光り輝く。
街頭の豆電球以外の明かりはなく、真っ暗な田舎。
青峰の祖母の家の近くにある穏やかな川に青峰は恋人を伴って遊びに来ていた。
バスケ部が奇跡的に休みになったため、二人は蛍を見に来た。
「なかなかいないっスねー」
「俺がちっせえ頃は結構夜になるとそこらが光ってたんだけどな」
「それは綺麗だったっしょ。けど、今はいないっスね」
「んだなー」
青峰は綺麗な恋人に綺麗な蛍を見せたかった。
蛍以外も。
夏になれば乳白色の空の川、天の川を、秋になれば紅葉で美しい山を、田畑におりた冬の霜柱を。
青峰が幼き頃感動した全てを黄瀬にみせてやりたい。
都会育ちの、だけど、美しすぎるこの恋人に。
蛍は綺麗な清流を好む。この地域も少しずつ少しずつ、蛍にとっては住みにくい場所になってきているのだろうか。
青峰は悲しくなってしまった。
「……まだ時期じゃなかったかもしんねー。黄瀬帰るぞ」
「や、もうちょっと見てこうよ、青峰っち」
「あんまり長居すっと、蚊にさされっぞ。ばあちゃんが帰ったら、うめのはちみつ漬けでサイダー割りつくってくれるって言ってたし、帰ろーぜ」
「うーん。……うん。わかったっス」
二人が手を繋ぎ、歩きだした、その時。
川の反対の森から黄色と緑のなんとも美しい光がふよふよ漂った。
それは点滅し、暗闇をバックに小さく光る。
「あ! 黄瀬! あれだ!」
「あれが本物の蛍……? すっげー、綺麗……!」
小さな光が、黄瀬と青峰の心に、感動を与える。
「綺麗っスね!」
「だろ!」
いつの間にか、二匹、三匹とあつまり、点滅する蛍。
青峰はギュッと黄瀬の手を握り、集まっていく蛍をまっすぐ見つめた。
蛍は光る。
黄瀬と青峰に感動を与えながら、やがて、川へ向かって愛しい伴侶を見つけにいく。
青峰と黄瀬の、希望に満ちた世界は始まったばかりである。
END
20130610