□神様はもういない。
神様はもういない
黄瀬涼太の神様は、
藍色の髪と褐色の肌を持つバスケの上手い神様だった。
神様は黄瀬に人生の楽しさを説き、黄瀬が本気になれる対象を能えた。
黄瀬が憧れ、恋焦がれ、想いを馳せる姿はまるで乙女のようだと他人は黄瀬の様子を見て微笑ましく思った。
情熱的な目線をいつまでも神様に向けて、甘い溜息をついてしまう黄瀬はかなり、美しく、しかしわずかに儚くみえたと後に緑間は語る。
神様と黄瀬はバスケを通して、意志疎通を繰り返した。
何度も、何度も。
時が過ぎ、季節が変わっても二人は、バスケをした。
しかし、ある日、神様は、いなくなってしまった。
黄瀬にとって完璧だった神様は、あれだけ澄んでいた瞳を濁らせ、爽やかな笑顔を歪ませ、黄瀬の元から去ってしまった。
□
放課後の夕暮れどきはどことなくひとをセンチメンタルにさせる。
生徒が帰宅し、がらんとした教室。だれも通らない廊下。チャイムだって、帰宅時間が過ぎれば、ならなくなる。
職員は職員室に引っ込み、その明かりだけは煌々として、人がいる様を主張している。
部活動に勤しむ生徒たちも終盤になり、速く活動を終えた部は帰宅し始めている。
黄瀬は一人ぽっちで、教室の窓際の席に座り、窓辺から見える風景を目に写していた。
黄瀬の神様が、神様でなくなってしまってから数ヶ月。
神様はもうすっかり、神様たる要素を捨ててしまった。
それは黄瀬にとって、世界の崩壊を意味し、黄瀬自身をも少しずつだが崩壊させていっていた。
神様をもう一度神様にしたい。
キラキラと輝く存在にもどってほしい。
それは黄瀬涼太の願いだったが、同時に黄瀬は自分の傲慢だともおもい、呵嘖に息苦しくなり喘ぎ夜の睡眠を弊害させる原因となった。
神様が、バスケなんてしらなければこんなことにはならなかったのかも。
いや、でも、だったら、この出会いもなかった。
黄瀬は苦笑し、机に顔を伏せた。
恋い焦がれた神様の名前をそうっと溜息と共に口に出し、黄瀬は溢れて来る涙をそのままに、瞳を閉じた。
神様がどうかまた、楽しいと思える瞬間を取り戻しますように。
黄瀬はそれだけを考え、体を起こすと、机の中から一枚の紙を取り出した。タイトルは進路調査表。
夕闇になりつつある暗い教室で、黄瀬は、ある高校の名前を記入した。
神奈川のその高校で、神様を取り戻せるように、自分を磨く。
そう決心して。
黄瀬はシャープペンシルをしまうと立ち上がり、教室を出た。
無人の教室をすぎ、階段を下り、靴箱で靴をはきかえ、ぺらぺらの鞄を持ち直した。
ロータリー近くの自販機が目に入り、小銭を出し、暖かいほうのコーヒーを購入する。
空を見上げれば、金星が目視できる暗さになっていた。
プルタブを開け、一口煽ると、ほろ苦く酸味のあるブラック無糖の何の変哲もないコーヒーの味が咥内を支配する。
先程考えていた進路が一瞬揺るぎそうで、黄瀬は一人苦笑した。
進路のこと、将来のこと、バスケのこと、友人のこと、神様のこと、他人からしてみれば…考えても仕方ないことかもしれないが家に着くまでは、弱い自分でいることを許して欲しい。
黄瀬は熱い液体を飲み干すと、ごみ箱に向かって空き缶を投げた。
綺麗な弧を描き、空き缶はごみ箱へ入る。
さぁ、帰ろう。
黄瀬は空の金星以外にも輝く一等星をみつけた。
神様が孤独にうちひしがれてませんように。
そう、星に願った。
20130429
力を下さる皆様に心を込めて。感謝です。
黄瀬ちゃんが進路調査表に書く時期をイメージして書いてみました。ざ、苦悩黄瀬。
こんな黄瀬ちゃんもいいなぁと。
神様がいなくなって、未来が真っ暗でも、先が見えなくてもこの黄瀬ちゃんは頑張ります。ああ、黄瀬ちゃん、そんな黄瀬ちゃんに神様はきちんと応えてくれます。
20130429