□オヤコロ様とピザ黄ちゃん2
2day
目覚めたら、赤司が空中に漂ってこちらを見下ろしていた。
怖いっス。そして、夢じゃなかったんだ。
その日から、規則正しい生活習慣が始まった。
まずは朝食をきちんと取り、学校まで自転車ではなく徒歩にした。
それから、お昼はパン食をやめ、母親に野菜たっぷりの弁当を作って持った。
母はやっと、やる気になったのね、と喜んで涼太のダイエット計画を喜んでくれ協力してくれた。
放課後から赤司によるダイエット計画スケジュールが組まれた。
「初日は正しい知識を頭に詰め込むことから始めるぞ。メモしろ」
「了解っス」
「まずは基礎代謝と運動強度からだ。お前の基礎代謝はこれくらいだな。
それから脂肪は1kgあたり7200kcalある。1kg落とすのに7200kcal消費しなければならない。運動か食事コントロールをして落とすが、絶対焦ってはいけない。
炭水化物は1g4kcal、たんぱく室は1g4kcalで、脂質は1g9kcalある。だから脂質は同じ1gとるにしても太りやすいといわれる所以だな。
ピザなんて脂質と炭水化物が沢山だからカロリーも高く太りやすいんだ。
それと脳は糖質しか栄養にならないから、炭水化物抜きダイエットをやると失敗しやすいし、極端なカロリー制限は筋肉から分解していくぞ」
「あ、俺、やったッス。炭水化物ダイエット! リバウンドしちゃったっス」
「まぁ、中には体質だったりでうまく痩せた人間もいるかもしれんが、成長期には絶対やめておけ。ただ、炭水化物を取りすぎるのもまた太ることになる。
必要量をきちんととるのがポイントだ。脳の糖質の必要量はこれくらい、タンパク質はこれくらいだな。あと、一か月に5%以上体重を落とすとリバウンドしやすいんだ。
まあ、ダイエットは習慣を変えることだから、地道にやっていくぞ」
「はいっス」
「食事は野菜をたくさん取る。ピザやお菓子は控える。で、運動は、4メッツ以上の運動をするといいんだ」
「メッツってなんスか?」
「運動の強さの度合いだ。メッツが上がるごとに運動の強さの度合いが強くなる。ジョギングだと6メッツ、1メッツだと座っているとき……、詳しくはこの表に書いてある」
「あ、ありがとうっス」
「一週間23メッツ以上が最低ラインだな。よし今日は座学はこの辺で終わりだ。今から、母上の食事をいただいたあとウォーキングに行くぞ! 動きやすい恰好に着替えろ!」
「はいっス」
外に出て、ウォーキングすることになった。
「初日からいきなりジョギングは膝や腰を痛めかねん。長く続けるには筋肉をきちんとつけて、故障しにくい体をまず作ってからだ。
あと、心拍数に注意しろ。だいだい心拍数を130位に保つと有酸素運動になるんだ。ジョギングは心拍数を上げすぎるから、たまに取り入れて筋肉をつけるためにやるぞ」
「うっス」
月明かりの下、涼太は速足で歩いた。初日は少し、二日目はもう少し長く。筋肉痛になった日は入念にストレッチをし、半身浴をしてリフレッシュする。
毎日朝体重を量り、グラフに記入した。たまに自転車に乗るときもあったが、どこから仕入れた知識なのか赤司は、「競輪選手のように太ももを太くしたければギアを重くし、ロードレーサーのように細くしたければギアを軽くするのがいいんだぞ」とアドバイスをくれる。
「ちなみに俺の姿はお前にしかみえん。独り言をいって不審に思われないようにしろよ」
「それは、はやくいってほしかったっス」
◇
順調に体重が減らない。いわゆる停滞期に入ってしまった。
赤司はこのまま努力を続けていれば問題ないと言ってはいたが、涼太は心の余裕がなくなってきていた。
あれだけ毎日食べていたお菓子やピザを食べれないストレスと、体重がうまく減らないストレス。
赤司は二時間ほど外へ行くと言ったっきり帰ってこない。
彼の愛馬はクッションで熟睡している。チャンスはいましかない。
イライラした衝動を落ち着かせるためにピザがどうしても食べたくなって、こっそり宅配して、買い食いをしようと決意した。
30分後、宅配された出来立てあつあつのピザを一口をあーん、食べようとした。
なんと熟睡していた馬が人間に変身して、「ひねりつぶされたくなかったら、それよこせよ」と脅迫する。
「ジョセフィーヌじゃなかったおぉぉぉぉ?!」
「何を言っている。敦だ。フルネームは紫原敦。ちなみに暇を持て余す神々の遊びに乗して馬になっていただけだ」
「ええええ、そんな遊びとかいらねぇっスわ! って! 赤司っち、いつ帰ってきたのぉぉぉ」
「今しがたな」
「うまい、うまいよ、赤ちん」
「よかったな敦」
もっもっもっ。紫色の髪の毛の元馬は涼太の頼んだピザをすべて食べてしまった。
「さあ、涼太。覚悟はできてるな。今日の運動は5倍だ――。」
恐怖政治に、停滞期も飛んでいき、涼太はますます痩せていった。
そんな生活を半年繰り返した結果の夏休み明け新学期――。
「え、あれだれ?」
「すっごいイケメンがいるー?」
「え? 転校生かなんかか?」
涼太は皆が振り返るほどの壮絶イケメンに変身した。
制服のサイズも3サイズダウンして、新調せざる負えなくなり、気分転換にピアスも開けた。
食生活をジャンクフードから和食中心にしたので、吹き出物もなくなりつるっつるのたまご肌だ。
「黄瀬君なの?! うそ、カッコいい」
「え、細い。顔めっちゃちっちゃくね」
「男にしとくのもったいなくねー?」
男子も女子も態度を180度変えた。
あれだけ苛めて嘲笑していたのに、人間ってなんだろう。
涼太は人の浅はかさを悲しく思った。
登校中に声をかけられ、校門をくぐれば一気に人が寄ってくる。
靴箱、教室、トイレ。どこにいても騒ぎの中心。
それが、もう2、3日続いて涼太は辟易してしまう。
昼休み。
体育館裏、涼太はこっそり一人でお弁当を口にしていた。
飲み物も炭酸飲料ではなく、烏龍茶にして今日もきちんと野菜が入ったお弁当で冷えてもおいしい。
周りのあまりの態度の変化につかれきり、こっそり避難してきたのだった。
「はぁ。もう、びっくりっス。疲れたっス」
大好きな青峰君も、変わった俺をみてみる目変わるのかな。
それはそれで少し寂しい気がする。
青峰君とすれ違うこともなく新学期が始まった。
彼は元気にしているんだろうか。
そういえば赤司もまだ今日は見ていない気がする。
たまに赤司は消えて、ひょっこり戻ってくるから、今日もそんな感じかもしれない。
あの嘲笑と叱咤を聞きたくなり、小さくため息をついた。
「あれ? 黄瀬じゃん」
後ろから声をかけられ飛び上る。
だって、だって。聞き間違えるはずもない、青峰君の声だったから。
「え?」
「んなとこで飯食ってんの? ここ、めっちゃ涼しいな」
バスケットボールとコンビニ弁当を片手にもった青峰君。
太陽みたいにまぶしい笑顔に、もっていた箸を落とす。
「あ、やっぱお前ちょっとドンクせーだろ?」
ふはっと笑って、青峰君は隣に座った。
つづく
20130221