□予測変換












予測変換







あいつがモデルとして知名度があがったのを実感したのは、スマートフォンの予測変換だった。


「きせ」を指でスライドさせ、選択すると単語登録してないのに、「黄瀬涼太」と出てくる。


スマートフォンや携帯端末に現れる「黄瀬涼太」の名前を選択する人間が、自分や身近な顔見知り以外でもいる可能性があるということが、やはり気に食わない。


芸名にしときゃあ、こんな苛立ちもしなかっただろうに。







リビングのソファーの肘掛けに頬杖を着きつつ、スマートフォンをちらりと一瞥した。



クッションと黄瀬がねだった世間で流行りの人形が佇むスペースにスマートフォンを投げる。




テレビでは黄瀬がゲストの番組が始まった。



朝10時から始まる主婦層の見るその番組は、玉ねぎヘアーが特徴の女性が司会進行をする一対一の対面方式の会話番組ではなく、ゲストがとった写真を順番にピックアップして会話がすすむ形式だった。



黄瀬はこの仕事のために早朝から出かけた。


満開の営業スマイルを視聴者に見せている。テンションもたかく、元気な印象だ。


外が明るくなるまで繋がっていたので寝不足であるはずなのに。


黄瀬は偉いと思う。


そういう所は俺よりも責任感がある。中学からモデルをして、社会に早く出たからだろう。









テレビの中では、三枚目の写真がめくられ、黄瀬が最近きにいっている人形が出てきていた。



ゲームセンターにある、きのこのぬいぐるみが欲しいとうるさかったから二人で遠出して、ゲームセンターで、馬鹿みたいに金をつぎこんでゲットした。


今自分がすわっているソファーやクッションがテレビに写っている。
妙な気分になった。


黄瀬が気に入っているもの、をテーマに六枚写真をとっていると得意げに話している。

ベランダにあるサボテン、バスケットボール、黄瀬が好きなもの。
全部、今、俺の近くにあるもの。いつの間に撮ったんだか。俺はシーズンオフ中だからジムにいったりロードワーク以外は家にいる。

だが、黄瀬がこの写真をとったタイミングがわからなかった。

「こちらが、最後の一枚です!」

司会の男性が、伏せていたシールをめくるとそこに出てきたのは、俺が使っている鍵の束だった。


「鍵ですか?」




「はい、家の鍵です。うちセキュリティ厳しくて、三本いるマンションなんですが、俺最近家にいて、リラックスするのにはまってて。だからこの写真にしました」


「黄瀬さんはインドア派ですか?」

「いぇ、バスケやってるんでそこまではインドア派ではないと思うんスけど、オフは家にいて、大事にしてるお気に入りの物に囲まれて過ごすのが一番幸せを感じるんです」




俺が用意した部屋。黄瀬はその空間で、俺がプレゼントしたサボテンやぬいぐるみと過ごすのが一番幸せだと笑っている。



営業スマイルが、なくなって素の笑顔になってんぞ、黄瀬。





「あぁー、ちくしょ。ヤり殺してぇ」




どんなに認知度が上がっても、黄瀬涼太は俺のモノ。黄瀬もそれが当然と思っている。



気になってしまっていた予測変換なんて、もう気にならなくなった。


俺は投げ出したスマートフォンを拾うと黄瀬にメールを打つことにした。






20130205





予測変換に出てくる芸能人の身内ってどんな感覚なんだろうと思ってみた。



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