□桜の咲くころに
春になったら皆で桜を見に行こう。
黄瀬は10年前、笑って、その場にいた仲間たちに強請っていた。
皆笑顔だった。中学三年の頃まで彼らはあり得ない幸せを感じていた。
◇桜の咲くころに
化学や医学は日進月歩を繰り返していたが、黄瀬涼太が眠ってしまった原因は未だに不明である。
突然倒れ、それから眠り続ける美しい少年はいつしか青年と呼べる年齢へと体が成長してしまった。
脳波計も異常を示さず、知覚、聴覚など全て正常。ただ眠っている状態と変わらないものだったが、目覚めなかった。
彼を大事にしていた、キセキと呼ばれた仲間たちは、愛する黄瀬を眠りから醒ます手段を毎瞬、寝ている時間も惜しんで探す。
赤司征十郎は金に糸目を付けなず莫大な財産を使い、黄瀬の為に病院施設を作り上げた。
緑間真太郎は、医学の道に進み、西洋東洋、科を問わず、黄瀬を起こす研究を続けている。
青峰大輝は、バスケット選手になるも海外の活躍はせず、赤司の会社の実業団バスケットに専念し、その他はずっと黄瀬に遭いに来ていた。
黒子テツヤは、黄瀬専任の看護士になり、毎日黄瀬の状態を診て、全ての世話をしている。
紫原敦も、黄瀬の黄瀬の為だけに勤務する看護士兼、介護士となり、他の看護士たちに黄瀬を触らせない、その姿はまるで眠り姫を守る鉄壁の騎士のようであった。
黄瀬を自分たちの元に、呼び戻し笑顔を見せてほしい。
五人の願いは一つだった。
◇
緩やかな風が木々を揺らす光景を黒子は、黄瀬の病室から見た。
「黄瀬君。今日は外は気持ちのいい位の快晴ですよ。風も気持ちいいです」
体位交換や体を拭いて、呼吸器の洗浄をする。
黒子は、ベッドの傍にある長時間座っても疲れない重厚な椅子へ腰かけた。
眠る黄瀬は相変わらず美しい。美しさに見惚れてしまう。
髪を見るともうそろそろ切る時期の長さだった。桃井に連絡を取らねば。
「そうでした。爪きりましょうね」
爪は、爪切りでは切らず、時間をかけて爪やすりを使い、短く整える。そのあとは手や足をマッサージする。
手も足も、緑間から教わったとおりにきちんと形をそろえる。桜貝の爪は血色もいい。
黒子は脈打つ、生きているとちゃんとわかる手が愛おしくてたまらなかった。
恭しく手をとり、黒子は笑顔で、黄瀬に話し掛けて、刺激を繰り返す。
何がきっかけで黄瀬が起きるか分からないのだ。何事も気は抜けない。
マッサージもおえて、黒子は一息ついた。そよそよと外の風はまだ吹いている。
右手をとると、人差し指にそっと口づけを落とした。
黄瀬にキスを落とす場所がキセキそれぞれにある。
黒子は人差し指に、緑間は右手の甲に。紫原は左手の指全部に、赤司は左手の甲と手の平に。
そして青峰は額に。
皆、性的に黄瀬を欲しがっていたが気持ちは穏やかで、今はただ、黄瀬が目覚めればいい。そう思っている。そして、それだけが切な願いだった。
10代から20代前半、そういった肉欲をキセキ5人は捨て去り、黄瀬の為だけに生きている。
「ふふ、黄瀬君。起きたら皆君が嫌ってほど可愛がりますよ。君はさびしがり屋なんですから、それくらいが丁度いいでしょう? だから早く目覚めてください。
僕たち待ちくたびれてるんですから。君の教育係だった僕は、皆を宥めるの大変なんですよ」
もう一度口づけをおとし、黒子は仮眠をとる緑間を呼びに部屋を出た。
◇
あれからもう1年。
まだ黄瀬は目覚めることがなかった。
11年の歳月に皆、根を上げることなく献身的に黄瀬が目覚める為に動いている。
4月、桜はさいた。
黄瀬の病室から見えるように、桜は植えられ、その桜は開花してひらひらと舞っており。
空の青と、桜のコントラストは黄瀬が見たら喜ぶだろうと赤司が桜を植えてから11年。
今では桜はこの病院施設に沢山植えられている。
バスケットゴールも敷地内にあり、それは赤司が全て黄瀬を思って考えたものだった。
今日は久しぶりに全員で揃って黄瀬の様子を見ることになっていた。
病室はバスケットをやっていた体格のいい5人が揃ってもまだ十分ゆとりがある。
今日は花見だと、紫原は手折った桜と桜餅を重箱に詰めて、持ってきていた。
毎年皆で桜が見たいと強請った幼かった黄瀬の願いを形は違えど叶えたい。
「あれれー、峰ちんバスケットボールもってきてんの?」
「おお、他の病室のガキがやりてーって言っててよ。緑間が主治医で、少しならいいって言って許可したから、庭のコートで1時間後待ち合わせしてんだよ。なんなら皆でやって
こいつたたきおこそーぜ」
「それもいいねー」
「馬鹿か。待ち合わせしたコートは遠すぎてここからだと何も見えないし聞こえないのだよ」
「ふむ。そのうち、コートを桜の近くに設置するか。たまに皆でプレイすれば涼太もいい加減起きるかもしれないな」
「赤司君、皆でやるのは賛成ですが、誰かここにいないと黄瀬君はさびしがりますよ」
「なら僕がここにいよう」
「何をいっているのだよ、主治医である俺がここでお前たちを見ているからその時は安心してお前ら外にでていいのだよ」
「ミドチンウゼー、俺が黄瀬ちんと一緒に観戦してるしー」
「なら俺がここにいるよ」
「大輝は第一線で活躍中だろう? 涼太はきっとお前のプレーをみたいだろうからここで見守るのはなしだぞ?」
「黄瀬君また皆喧嘩です。輪の中心はいつも君で、君の取り合いは変わりませんよね」
黒子は立ち上がり窓辺に行くと、窓を開けた。
空調は管理されているが、自然の風を黄瀬に届けたい。
サっと開けた、瞬間。
強風が駆け抜けた。
「黒子!! 貴様、右側ではなく黄瀬側の方を開けろ! そっち側を開けると、書類が!」
書類と共に、緑間が使うパソコンデスクに、青峰が置いていたバスケットボールが転がり落ちた。
ダン、ダン、ダン――。
リノリウムの床に、落ちバウンドを数回したバスケットボール。
書類が大量に舞い上がり、まるで桜の花びらのようにひらひらと舞う。
一同は、その様子に少しだけ目を奪われた。
ひらひらと舞う紙がとても綺麗だったから。
「もーなにやってんのー? ほら、拾うよー」
「まて、敦」
「なに、赤ちん?」
「涼太が今反応した!! 真太郎!!」
「本当か!! 赤司!! ちょっと青峰どくのだよ!!」
ぴくり、指が僅かに動き。
そして、固く閉じられていた瞼が開いた。
「黄瀬!! わかるか!? 俺だ、緑間だ!!」
「…………」
喉に呼吸器の穴をあけているため、黄瀬はしゃべれない。
「喋れないのはわかっている。分かるのなら、瞬きを1回やるのだよ!」
緑間の言葉を理解し自分の意志で瞬きを1回だけ行ったのを緑間は確認した。
「赤司と青峰は一旦外にでろ。黒子、紫原! お前たちは処置の準備だ!!」
「わかりました!!」
「わかった! 赤ちん、どうしよ、俺泣きそーで、前が見えない」
「その涙を拭って、涼太が深い眠りにつかないようにつなぎとめるんだ、敦。真太郎、テツヤ、敦、たのんだぞ!」
「まかせるのだよ!」
そういった緑間の目にも涙がうかんでいた。
呆然と立ちすくむ青峰を引っ張り、赤司は外へでる。
そんな赤司の目にも涙が一筋流れていた。
◇
――ボールの音と、皆の声が聞こえたんス。
そしたら、大人になった緑間っちや皆がいてびっくりした。
俺ずっと眠ってたって、聞いてびっくりしたっス。しかも11年も。
夢見てた。
永遠に皆で仲良く、ボールを追いかけて笑っているの。
楽しくて楽しくて。
みんなとずーっと一緒にいれて幸せだった。
なんで眠ってかはわからないっスけど、目覚めたとき皆がいてくれて俺、嬉しかったな。
◇
「涼太、お帰り。お前の寝顔は見飽きたよ。これからはずっと僕たちの傍で笑っていてくれ。退院したら、皆で暮らす手配をした。お前は退院できるように全力をつくせ」
「黄瀬、お帰りなのだよ。全く寝坊助すぎだ、御前のラッキーアイテムが3755個もたまってしまったのだよ」
「黄瀬ちんお帰り。待ちくたびれたしー。駄菓子もうめーのいっぱい新発売したから、今度一緒にたべよーね」
「つかてめー、起きるの遅すぎンだよ。ほら、元気になってまたバスケットすんぞ」
「黄瀬君。そうでした、花見いきましょうね」
黄瀬の状態は問題なく、快方に向かっている。まだしゃべれないので、アイコンタクトで話をする。
皆が集まり、好き好きにはなし、黄瀬が無理しないように、緑間が数分で切り上げる。
一日に二度。キセキと呼ばれた彼らは時間を合わせてこの病室へ集まる。
え? 俺が退院したら、皆で一緒に暮らすの?
もう場所も決まってる? え、この病院から徒歩五分!?
あ、桜? 花見? 行きたいっス!!
目は口ほどにものを言い、黄瀬が喋れるようになるのも時間の問題だったが、誰もが黄瀬が目覚めているだけで嬉しかった。
歳月は人を変える。そんな言葉は皆知らず、黄瀬の帰りをまっていた。
桜の咲く頃に、奇跡は起きたのだった。
END
20120113
キセ黄でちょっぴりじいんとくるようなものを書きたくなり書き上げました。
黄瀬ちゃんが眠ったのは本人はわかってませんが、全中制覇の前に彼は突然眠りにつきました。
ばらばらになっていく皆を見たくなかったのが原因だったという。そんな話でした。
ちなみにこの後、退院して同棲編はエロスな感じ?かピュアな感じかな?
筋力のついてない末っ子に11年越しのあんなこと、こんなこと/////をする感じとか書いてみたい、だがしかし、ピュア路線もありですよね。
皆様の感想次第かなぁ(笑)