□呼吸、哀、枯渇注意報
















世界が廻って、廻って――。


息がつまるの――。












「ミドチン、また黄瀬ちん、授業中、倒れたー」





「また貧血か?」



「ちげー。エイヨーシッチョーみてー。昨日倒れた時、オカーサンが病院連れてったらそー言われたってー」




放課後の自主練を、引退しても尚、続ける緑間を訪ね、紫原は体育館に来た。




「家で休んでいれば少しはましになるだろうに。あいつらはもう、ここに戻ってくることは皆無だと、まだ分からないのだな。ここに来ても意味はない。本当にどうしようもない奴だ」


「倒れてフラフラなのに、朝と放課後ここにいれば、今日こそ峰ちんと黒ちんに会えるかもって言っててさーー」



「青峰は授業もサボっているし、黒子は見つからない、二人とも音信不通、無駄なのだよ」



「だねー。けどこのままだと、黄瀬ちんやべーと思う」


全中三連覇の偉業を成し遂げた、キセキの世代といつの間にか固有名称が付けられた帝光中学校バスケットボール部レギュラーたち。


その偉業を成し遂げる事と引き換えで、まるで等価交換された様に、バランスを失ってしまったチームメイトたちはばらばらになっていった。



ばらばらの筆頭、原因の黒子、青峰は黄瀬にとっては、酸素のように必要不可欠な存在だった。




黄瀬に転機をくれた青峰、教育係として親身になった黒子。黄瀬はその二人をずっと待ち続けている。




「もうとっくにあいつは限界を超えているのだよ」



緑間はゴールを睨むとシュートを放った。




リングに触れることのない美しいフォームは実力と、今日も緑間の運勢を左右するラッキーアイテムのおかげかもしれない。



駄菓子を咀嚼しつつ、紫原はラッキーアイテムを凝視する。


今日の緑間のラッキーアイテムは将棋の駒で、置物用の大変大きなそれは、王将と達筆な文字が刻まれていた。



紫原はスマホを取り出し、大きな手でメールを作成する。



宛先は赤ちん、彼らの指揮官、キャプテンだった。




「あららー? ミドチン、どこいくのー?」



「野暮用なのだよ」














「緑間、なにか用事かい? そろそろ受験一色になってきたね」




「ああ。だが、お前は余裕だろうな」



赤司が部室以外で使う、空き教室が一つある。赤司はたいてい今の時間は勉強や将棋、バスケの戦略などに時間を裂いている。扉をあけると、あの美しい瞳が自分を捕らえてきた。




「で、用件はなんだい。俺に勉強の質問? それとも他の用事かい?」




「無駄口を叩くつもりはない。用件は分かっているだろう。お前は黄瀬をどう思っている?」





「なぜそんな質問を?」




「……今日も黄瀬は倒れたらしい」



「それは、可哀相に。だが、緑間も敦も、俺に言ってどうしたいんだ?」



「黄瀬を救ってくれないか。もう限界だ」



苦々しい表情で緑間が言い放つのを、赤司はじっと聞いている。





「限界かーー」




「赤司の命令なら聞くかもしれん。キャプテンだし、黄瀬はお前を尊敬している。お前も憎からずかわいいと思っているだろう」





夕方の太陽の光が窓から入り、緑間はまぶしくて目を閉じる。
赤司は外を見つめ、空を見上げ、読んでいた本に栞を挟んだ。



「そうだな。放っておくのも不憫だ、いいだろう。黄瀬の事は俺が責任を持とう」





「男に二言は許さないのだよ……頼む」





「ああ」













黄瀬が倒れた昨日とは違い、今日は曇り空だった。


ホームルームも終え、黄瀬は紫原と、緑間の練習する体育館へ向かった。緑間はまだ来ていないらしく無人だった。




「ほら黄瀬ちん、チロル、うまいからあげる。口空けてー?」



「ん、ありがとう。でも、お腹減ってないっス」




こけた頬、明らかに痩せた細い体。冬の木枯らしに吹き飛ばされそうだ。どうにかできないものか。紫原は悲しくなってしまった。



しょんぼりと肩を落とした紫原を気遣かってか、黄瀬は「やっぱり貰おうかな」と笑った。



チロルチョコの包みを剥がし、小さな口に入れてやる。


「美味しいっス、ありがとう紫原っち」




髪の毛はあれだけ艶やかに煌めいていたのに、パサパサで水分を失っており、制服はブカブカになっている。


笑顔だけは変わらず綺麗な黄瀬。


「もう一個あげるしー」



「ううん、紫原っちの食べる分なくなったら大変だからいいっスよ。……今日も青峰っちと黒子っち来ないっスね」



「そうだねぇ」



つーか、もうあいつらのこととか考えなくてよくねー。



とは言えず、チョコレートの包みを剥がす。硬貨数枚で買える小さなチョコレートが黄瀬の栄養になるように、はかなげに笑う黄瀬の口にまた運んでやった。



バスケットボールを手にし、黄瀬は座り込んだ。




紫原は横にすわり、黄瀬が待つ二人を今すぐ殴ってやりたいと考えていた。




体育館の扉が開く。黄瀬はバッと立ち上がり、入ってくる人物を見る。意中の人物とは違った為に、がっかりしている黄瀬は、チョコレートを接種したのに、また倒れるんじゃないかと不安にさせるほど顔色が悪い。




「あれ、ミドチン、今日遅かったねー」




「あぁ、日直だったのだよ」




「緑間っち、青峰っち今日授業出てた?」




「いや、いなかったぞ」





「そっか……。なんで二人は来ないんスかね……。卒業まで会えなかったら俺……」



ぽと。今まで堪えていたものが溢れ出す。




「ねぇ、緑間っち、紫原っち。俺馬鹿だから二人が来ない理由が分からないんス。寂しいっス、さびしいっスよ」




立ち上がり緑間に詰め寄る、黄瀬はフラフラ体が揺れている。




緑間の胸倉を掴み、涙を流す黄瀬の呼吸がだんだん変化してきた。




はぁっ、はぁっ。はぁっ。






まるで1000メールをダッシュしたような、安定しない呼吸。



過呼吸と呼ばれるもの、と緑間は気がついた。



「黄瀬! 落ち着くのだよ! ゆっくり呼吸をしろ!!」




「ミドチン、ど、どーしたらいいの?! 救急車?!」




緊急事態に冷静な心を持つ緑間ですら、焦ってしまっている。感化された紫原も焦って、チロルチョコがそこら中に散らばる。



「敦、その購買の袋を貸せ。黄瀬、俺が分かるな? 大丈夫だ、ゆっくり呼吸しろ。そうだ、少しずつでいい。ゆっくりでいい。泣かなくても大丈夫だから、安心しろ」



背中をさすり、袋を手にもち、黄瀬を介助したのはいつの間にか表れた赤司だった。



パニックになっている黄瀬を優しく介抱しているその目には慈愛が満ちており、昨夜のうちに何があったのか。






緑間は、干渉しなかった態度から180度方針転換したキャプテンの意図を探った。




「緑間。得に他意はないよ。今まで放っておくか、近寄るべきか判断を決めかねていただけだから。黄瀬、大丈夫だ、ゆっくりでいい」




しばらく苦しくもがいていた黄瀬の体が、少しずつ弛緩してきた。



はげしい呼吸と共に落ちた涙を赤司は拭ってやり、黄瀬に声かけを続けている。




「ああ、もう落ち着いたね。黄瀬……、涼太。少し眠るといい。何も心配いらないよ」




優しい声音に、疲れ果てた黄瀬はそっと目を閉じた。




赤司は目を伏せ、携帯電話を取り出した。




ダイヤルを押して、繋がった相手と会話を始めた。




「俺だ。車を手配しろ。ああ、それから俺の部屋に布団を一組敷いておいてくれ。しばらく泊まらせる。……そうだ、チームメイトだ。ご両親には俺から連絡するから問題ない」



通話を終えた赤司は、緑間と紫原に労りの声をかけた。





「二人に任せてすまなかったな。これからは俺が面倒みるよ、一生ね。とりあえずご両親を説得して、黄瀬が安定するまでうちで預かることにする」





「赤ちん本気……?」






「ああ。本気だ」





「敦、チロルチョコを拾え。踏んだら作ってくれた方々が悲しむぞ」



「う、うん」






「この子に今必要なのは、溢れ出す程の愛情、だよ」


休息や食事もだけど、もっと根本的な、人間に必要なもの。



枯渇しないように、愛情をシャワーのように注ごう。赤司はそう決めたのだ。





「そろそろ迎えがくるな。じゃあまたな二人とも。戸締まりはきちんとするんだぞ」





「言われなくても分かっているのだよ」




赤司は黄瀬を抱き上げ、体育館から出ていく。




「これからはずっと一緒にいるよ、涼太」








END









洛山黄瀬。第一弾。

赤司様をホワイトにすべきかブラックにすべきか迷う。
ホワイトカラーでいくか。。



20121201





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