□ピンチヒッターは短足?
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黄瀬の足は長い。
職業がモデルなだけあって、手足が長い。
むかつくことに数センチ身長の高い俺より股下が長くて、発覚した時、赤司に馬鹿にされた。
いや、黄瀬が規格外な足の長さなだけで断じて俺が短足なわけではない。
待ち合わせ場所にただ突っ立ていたって、絵になる。
今だって、待ち合わせ相手の俺と通話中でスマホ片手に待っているのを注目されている。
幼少期からそういった目線に慣れているのか、そんな視線が日常茶飯事だったから当たり前の自然現象だと思っているのか、本人はストレスになってないらしい。
普段周りを気にしない俺が数メートル先に佇む黄瀬の元に駆け寄るのを一瞬だけだが躊躇うほどの熱っぽい女たちからの視線なのに、黄瀬は鈍感だと思う。
遅れてきて、さらにいつまでも待たせておくわけにもいかず、俺はもうつくからきると伝えて、黄瀬に近づく。
「あ!やっと来たスね!待ったんすから!」
「ワリイ」
「まぁ、いいけど。それより早くいくっすよ。試写会上映時間まであと30分なんスから!」
「おお」
小さな造りの顔の中のパーツは絶妙なバランスを保ち、精巧につくられた人形のよう。
杏仁型の色素の薄い目と縁取る睫毛は長く、桃井の嫉妬を買っている。シミひとつない触ると柔らかな頬。
今日の服装も黄瀬にぴったりの初秋の装いだ。
女たちが視線を送る対象は、俺しか見てない。
自分だけが黄瀬の目線を受ける。
優越感を感じてほくそ笑む。
おまえらがどんなに束になっても、黄瀬は俺しかみねえよ。
待ち合わせ時間に遅れても文句もいわず、一緒に映画見れるのが嬉しいっすと頬を赤らめてふにゃりと笑う黄瀬。
甘ったるい恋愛映画は夢みがちな恋人の好みどんぴしゃりな内容で単純に見たかったというのもあったのだが、今度写真集(第二弾)を出す仕事で一緒になる監督の作品だから、勉強がてらの鑑賞というのも動機にあったらしい。
舞台挨拶付きの完成披露試写会は遅れたらまずいと散々昨夜電話にて黄瀬から言われていたが寝過ごしてしまった。
「まぁ間に合うからいいっスけど」という黄瀬の言葉に安堵する。
会場についた。チケットをだして、係員に渡そうとした時黄瀬に気がついたが関係者が、ファンが気がつくと騒ぎになるから、と気を効かせ上映ギリギリまで関係者の控え室に待機して欲しいと通された。
色彩豊かな表現が売りの映画監督はもともと本業はカメラマンで、黄瀬を見た瞬間に自分がこの被写体をとりたいと、自ら事務所へ連絡してきた。
話題のカメラマンが撮る写真集は出来もよく、好評を得て第二弾を撮りおろすことになったという。
この写真集は月刊のファッション雑誌とコラボレーションするようで、雑誌にも特集が組まれることが決まっていた。
確かにあの写真集はよかった。
極彩色の色使い。黄瀬の若々しくも危うげな色気と魅力を最大限に活かして、珍しいロケーションで撮らていた。
書店では売り切れが相次いだと聞く。女性カメラマンならではの視点は評判になった。
映画が始まる。
ギリギリで席についた俺達の片割れが黄瀬だと気がつくものは数人だけだったようで、特に騒ぎもなく始まった。
映画は珍しく俺が眠くならない内容でなかなか面白いラストだった。
舞台挨拶最後で「今日は黄瀬君も見に来ています!」とアナウンサーから突然振られた黄瀬は2階席から笑顔で手を降った。
観客は歓声を上げ、監督や出演者も笑顔になって黄瀬に手を振り返している。
「あちゃー、プライベートだっつのに。青峰っち。ご飯おごるから、これおわったらちょっと挨拶したいから一緒にきてほしいス」
眉毛を下げ、申し訳なく謝る黄瀬に遅れたことをそれでチャラにしろと笑った。
退場は早めにして、関係者控室に向かった。
監督に挨拶する黄瀬から僅かばかり距離を起き、夕飯マジバでもいいなと思っていた時だった。
「君は、黄瀬君のモデル仲間かな?」
ふいに視線を感じたので顔をあげると、俺に監督が質問してきた。
「あッ! 彼は、中学の時の部活のチームメイトなんです。今日は俺に付き合ってくれて」
「へー。部活って、バスケだったよね?」
「そうスよ!」
「そうなの。とても仲いいのね」
「学校は違うっすけど、一番遊んでるんス。青峰は超カッコイイんスよ」
「ふふ。そうね」
黄瀬と監督の会話が続いた。
この会話がきっかけで、俺は黄瀬の仕事に巻き込まれることになるとは、この時の俺は考えてもいなかった。
NEXT(2へ続く)