□向日葵を抱いて眠る


















向日葵を抱いて眠る














「緑間先生……。こんな畑まで来るなんて珍しいっスね」






「……赤司はこの種を握って逝った。これはお前が持っていろ」





「こんなのいらないっス。ちっともあの人の命の力になってくれなかった!!」





「赤司は、よくこの種を握っていたのだよ。発作が起きて喀血しても、これを持っていると苦しさが減るとそう話していた」






「俺は……」






「これを撒いて、この花が咲いて、また子孫の種ができて、その種を撒いて……お前が幸せになる様子をずっと見守りたい。赤司の最期の願いだ」





「俺、あの人の事大好き……。いつまでも愛しているっス」






「赤司も同じ想いだった。お前に宛てた手紙が出てきた。読むといい――」






















僕がいなくなっても、幸せでいてくれ――。








旅立つ僕を許してほしい。





君に初めて会ったのは忘れもしない、向日葵が沢山咲くあの夏の事だったね。





燦々と光の輝く太陽の下、僕たちは出会ったな。






向日葵が負けるほどの元気の良さ。汗が光っていたあの時の君。






養生で訪れた最後の土地。もうこれ以上手を尽くしても無駄だった僕の安住の地。





うだる暑さの中に、ひんやりとした木漏れ日のある診療所での生活は、死を目前に控えた人間を静かに迎え入れていた。



その静養所の近くの向日葵畑。暗い気分の病人を明るくさせると評判のそこが僕は嫌いだった。





単純思考な奴が多いんだなと心の奥底で嘲笑した。気分が明るくなったところで、寿命は延びることはないんだから。






苛立つ自分に声を掛け、向日葵の種を君はくれた。




「これをあなたにあげる」




「種を貰って何の意味があるというんだ」




「種はねとても力があるんスよ。この小さな一粒からこんなに大きい花が咲いて、それからまた沢山の種ができるんス」




「だからなんだ」





「んー、だから、元気がないときこれを持っていたらきっと種が力を分けてくれると思うんス」




僕が最も忌み嫌う性格の人間だと、あの時は思っていたのに。





何故か毎日足が行くようになって、毎日君と色々な話をした。






トマトときゅうりの話。山のミミズは大きい。ナツアカネが飛んでいた。





蝉の抜け殻を見つけた。麦わら帽子を新しく買ってもらった。





一所懸命身振り手振り使い話す君に段々と惹かれて行った。





深夜こっそり、診療所を抜け出し、二人で見た天空の乳白色の天の川。




瞬く間に消えた流れ星に君は涙を流しながら、僕の命について願ってくれた。





初めて触れた頬は涙で濡れ、そっと自分の唇を寄せると、ぬるくしょっぱい味がした。




抱き合い、近くにある口元に触れるだけの口づけをし「どんなときも笑って居てほしい」というと君は泣きながら無理やり笑顔を作る。




歪んだ口に真っ赤な目じり。くしゃくしゃの笑顔。




泣きっ面なのに、僕の魂が持っていかれそうなほど魅力的だった。




呼吸が苦しくて辛い夜も、君の笑顔を思い出したら、すっと気管を圧迫していた感覚が引く。






君の横に立って、君と共に歩めない自分を何度責めただろうか?






あの時口づけを交わしたことを後悔した。





君に未練を残してどうすると。




だが、この想いは止められないところまで来て、僕をどうしようもない思いにさせた。





しかし、血を吐くたびに君との未来が遠ざかるのを実感した。





当たり散らし、傷つけてもそれでも見舞いにくる君。





残される君だって、とてもとても辛かったろうに、いつも僕の前では笑顔だったね。





無理をさせてすまなかった。






命の灯の長さは平等じゃない。




僕よりもっと若くて死ぬ子も沢山いる。そして、僕より元気に生きてその生を全うする人もいる。




けど、僕はこれでよかったんじゃないかと今はそう思える。




短かろうが、僕は涼太に会って僕の生まれてきた意味が分かった気がしたよ。






最期の最期は手紙になってしまって、すまない。







君がくれた向日葵の種を抱きしめて、僕は逝くよ。





僕は十分幸せだった。だから、涼太君はもっと幸せになってほしい。







いつも君を見ているよ。不安なときは僕が見守っているのを思い出せ。





安心して自分の幸せを探せ、涼太。















「黄瀬、赤司の願いを叶えてやってくれ。そして……幸せになるのだよ」





「うっく……なんで、なんでスかねっ。神様は不平等っス」






「そうだな。だが、赤司は精一杯生きた。赤司は満足そうに笑って逝った。医者の俺が言うのもなんだが、輪廻の輪が回り、またお前と共に過ごす世界がくるかもしれん」






「うん……。そっスね。いつかあの人が元気な体で暮らす世界が来て、俺がその傍にいれたらいいな――」




「黄瀬、診療所で眠るといい。もう何日も寝ていないだろう」






「そうっスね……でももう少しだけ、この向日葵たちを今は見て居たいっス」






「ああ。時間はある。ゆっくりしてから、ちゃんと戻ってくるのだよ」






「……了解っス……」








END




赤司征十郎……死期を待つだけに静養所へ来た青年


黄瀬涼太……静養所近くにある畑を管理している青年


緑間真太郎……静養所医師。赤司とは旧知の仲。





20121101

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