□ネオンが眩しいね
世の中どうにもならないことってあると思うんスわ。
◇
顔よし、スタイルよし、勉強もまあまあ。
スポーツだって人の動きを見ればすぐできちゃうし、モデルの仕事をしている所為か女の子には不自由しない。
人生損せずに躓くこともなく順調街道まっしぐら。
そんな退屈を『彼』は変えてくれた。
けど――。『彼』は変わってしまった。
『彼』の可能性は、彼自身をあきらめの境地に突き落とした。
バスケが誰よりも好きだった彼が、バスケを楽しめなくなった。
誰もがもう一度彼にバスケを楽しんでほしいと思ったに違いなかった。
だが、俺にも、ほかの誰にも奪われた『彼』を取り戻すことができずにいたのに。
ただ一人、『彼』の影として存在していた人は彼を救い出してくれた。
嗚呼、俺ではできないことを平気でやってのけるんスね、黒子っち。
涙も出なかった――。俺は青峰っちの恋人。
そういう関係においては誰よりも青峰に近い存在だと思っていた。
肉体は何度交わっても、精神は交わることなんてなかったんだ。
彼の一番にはなれない。順調街道まっしぐらだった俺の心に傷が入った瞬間だった。
◇
「今日はいくらくれるの?」
「10万でどう?」
「いいよ、あ、次の仕事俺指名してね」
「ああ、勿論だよ。その代わり、いいね」
「サービスは惜しまないっスよ。でも跡はつけないで。明日ちょっと会う人がいるんスわ」
「涼太の本命かい?」
「さあ、どうっスかね――」
ホテルに入り、男に抱かれる。それは仕事関係の人間だったり、街であった人間だったり様々だった。
金を貰い、その代償に体を好きにさせる。青峰の知らない俺のもう一つの姿。
男に縋り、喘ぎ、舐められ、しゃぶり。
生暖かい液体を胎内で受け止める。
それは満たされない俺の心をさらに空っぽにするだけの行為だったが、その間だけは青峰のことを考えなくてすむのだ。
むなしくも嘆かわしいセックスの時間。
やっていることに後悔なんてない。
ただ、言いようのない悲しさや寂しさを紛らわせたかった。
男は札束を分厚い財布から抜き、ベッドへ沈んでいる自分に投げ捨てた。
「今日も沢山サービスしてくれたから、20万だ。好きな服でも買うといい。そうだ、今度、俺がプレゼントしてあげよう。何がいい?」
「ん……そっスね……。じゃあ、時計欲しいな……」
「時計か……また高いものをねだるね」
「別に安物でもいいんスよ……?」
「可愛い涼太に安物はつけさせたくないよ。分かった、今度一緒に選びにいこう。また連絡するよ」
「……。ありがと…」
「少し眠るといい。疲れさせたね。悪いが先に失礼するよ。これから仕事だ――」
「がんばって……今日もアリガト……」
男は俺に口づけを落とし、去って行った。
手元に20万。そして次会えば時計もプレゼントしてくれるという。
時計をねだったのは俺の時間を支配してほしかったからだ。
誰かに捕らわれていたい。
もう俺が夢中になるあの人は、自分の夢や目標を取り戻し進んでいるから。
ホテルの窓から見えるネオン街は、薄汚れた自分には少し眩しかった。
◇
うとうとしてしまったようだ。
そろそろ出て帰らないと、明日学校で笠松先輩にどつかれてしまう。
後処理もなにもされていない体をベッドから起こし、バスルームに向かった。
散々舐められた体の唾液と汗を流し、後ろから体液を掻き出す。
もう慣れてしまって感じもしない。
暖かなお湯は俺をほっとさせた。石鹸を使い、くまなく体を綺麗にした。
髪を手早く乾かし、服を纏い、貰った札束を財布に入れた。
ドアを開け、エレベーターに乗る。
まだ電車は動いているけど、かったるい。大金もあるし、仕事で稼いだ金ではないから無駄遣いしても懐が痛まない。タクシーにでものろうかな。
ホテルを出て右に曲がる。ネオンに溶けて、この街の背景の一つになろうとしていた時だった。
「黄瀬――?」
反対側から自分を呼ぶ声がした。
振り向きたくない。警鐘がなる。
これは知り合いの慣れ親しんだ声だ。
走って逃げようにも、弄ばれた腰と中が疼ききっと追いつかれるだろう。
覚悟を決めて、俺は振り向いた。
道路を走る車のスポットライトに照らされ浮き出た顔は火神大我。
青峰を取り戻した黒子の光だった――。
「なんでこんなところから、出てきてんだよ……」
誤魔化せるか? 野生の感を持つ火神相手に。
計算をものすごい短時間で行う。どうにか潜り抜ける言い訳はないか?
必死で探すも、該当0件。俺の頭はそう告げる。
本当のことを言うか。それとも、仕事を盾に脅されたというか?
熱血純情火神に言うと、下手するとモデルの仕事すら出来なくなる気がする。
青峰にばれたら、俺はどうするんだろうか。火神は最近青峰と仲がいい。
嗚呼、なんだろうすごく、凄く面倒臭い。
どうせ青峰は俺に興味なんてなくしているはずだ。
ばれてもいいや。
「なんでって。溜まってたからだけど――? おかげですっきりしたっスわ。火神っちも定期的に抜いとかないと辛くないっスか? さっきの相手男だったんスよ。火神っち、俺相手しよーか?」
最近バスケの合間をぬって、俳優業もやってるモデル様を舐めんな。
幻滅した火神の顔が想像できて、可笑しかった。
魅力的に見える角度で舌なめずりをして、火神のそこを触ろうとした。
パシッ!!
容赦なく、手をはたかれる。
「お前、どうしたんだよ!! んなキャラじゃねーだろ!!」
「ハッ。あんた俺の何を知ってンの? 知ったような口聞くんじゃねーよ!!」
心底心配している顔に腹が立った。
火神のことは人間的には好ましい人物だと思っていても、今は何も言ってほしくなかった。
火神が二の句を告げる前に、人通りの多い路地へ全力ダッシュした。
やっぱりきついっスね。ヤッたあとにダッシュとか。
ネオンが眩しすぎるからか、目が潤み様々な色がぼやけて前が見えない。
それでも俺は走るのをやめなかった。
END
寂しい悲しい辛いと叫ぶ『彼』のSOSは誰が受け止めてくれるのか――?
ブルーですね。
2012.10.27