□Doll
大事な大事な僕の涼太ーー。
さぁ、今日も歌ってご覧。
夜の街。水辺の都として有名な街は至るところに水路が張り巡らされ、波をうっていた。
水銀灯の明かりは、空の星より白く瞬き、足早に家路へと急ぐ人々の足元を照らす。
明かりは水を反射し、キラキラと光っている。幻想的な美しい場所に彼は一人佇んでいた。
涼太は小さく歌を口ずさむ。
自分を創った人が好んで聞いた歌を。
彼はもうずいぶんと昔に、自分を残して旅だってしまった。
ルビーとイエローサファイアの宝石を埋め込んだかと思われる特徴的な瞳と緋色の髪。
周囲を驚かせる天才的な頭脳。思慮深く落ち着いた声。涼太の全てだった存在。
彼の発明は世界を変え、今や学校教育で習うアンドロイドの歴史の初期で名前を連ねる第一人者となっているらしい。
アンドロイドは今や人々になくてはならない存在になっていた。
アンドロイド初期型、タイプAKC07。
【黄瀬涼太】は彼を創った赤司征十郎が与えてくれた名前だ。
赤司は自分の瞳の色と同じ黄色をモチーフに心を持ったアンドロイドの開発をしていた。
彼の研究は志半ばで、終わってしまったため自分には、何故彼が襲い来る病理と戦い、痛みに耐えながら黄瀬の為に最期の瞬間まで研究を続けていたのが解らなかった。
赤司っち。
この頃、徐々にだけど、体が動かなくなってきてて……
もしかしたら、動けるのは、今夜が最期かもしれない。
メンテナンス、赤司っちしか出来なかったし――。メンテナンスなしで数十年も動くの凄いって火神っち言ってたな。
赤司が死んでからも機能停止することもなく涼太は動いた。
永遠に生きるアンドロイドを創りたかった赤司は、アンドロイドが死ぬことを視野に入れず設計しなかった。
精巧な造りと特別な技術で造られた涼太は赤司以外がメンテナンスが出来る訳もなく、赤司が死んで、何十年もたった今ではスクラップ同然のゴミとして研究所からも見離され、一月に一回GPSを使い居場所を確認される程度になっていた。
機能停止すれば自動的にその旨は研究所へ送信されることにはなっているのだが。
機能停止したときにでも回収して研究所へと持ち帰ればいい。
そう判断された涼太は監視の目もなく、夜になれば毎日を彼の好きな歌を歌い、街が見下ろせる緩やかな丘で踊るのだった。
腕の付け根の人口皮膚は剥がれ、足はオイルが指されずに錆びている。
服は、研究所の職員の黒子が見兼ねてたまに新調しているから綺麗なままだが、中身はもういつ止まってもおかしくない状態だった。
赤司がいなくても、褒めてくれる気がして、彼の為に歌う。
彼と同じ場所にいくことは叶わなくても、それを願う歌
届いてるっすか。赤司っち。
あなたの好きな歌。ずっと褒めてくれたこの歌。最期まで歌うから、あなたと同じとこに行きたいな。
キラリと光ったほうき星に力をもらった涼太は、丘から見える彼の眠る海辺へと足を進めた。
機能停止するのはあと数時間後。
涼太の錆びかけた銀色の心臓が時間の無さを物語っていた。
歩き続け、錆びた足からネジが飛んだ。
坂道の下りからドサリと右に倒れた衝撃で肩と頭が凹む。酸化したオイルが出て顔を汚し、涼太の痛覚に反応した。
それでも、夢中で足を進め、前を向いた。何度転んでも、諦めなかった。雑草の茂る道ばたに小さな白い花を見つけた。オイルの滴る手で摘み取る。
最期はあの人の眠る場所で共にー。
いつの間にか、霞みがっかっていく空。夜の終わりを告げ、朝の明るさが来るまでもう少し。
海辺の小さなほとり。
木製の十字の墓は涼太が立てた。
立派な墓は研究所の裏にあるが、散骨された彼の亡きがらはこの海に溶けたので涼太はこちらに彼がいる気がしたのだ。
オイルに塗れた花を墓前に置く。
赤司っち。やっぱり今夜中に機能停止するみたいだ。
あなたが俺を残してからの時間は長かった。死ぬ前に俺を破壊して欲しかった。
どうして
どうして
一緒にいきたかった。
あなたのいない世界は、つまらなかった。
同じ景色をずっと共にみていかった。
赤司の好きな海は穏やかだった。
優しく微笑んだ彼を記憶から取り出し、最期の歌を口にしようとした。
あれ……おかしいな。
歌のメロディーがわからない。さっきデータが破損しちゃったのかな。
策に体を預け、目を閉じる。
笑った白衣の彼の笑顔。霞んでいく。
突然、一羽のかもめがなき、風が吹いた。
見えない視界。真っ暗な世界だったのに。
涼太ーー。
今までよく一人で頑張ったね。
さぁ、一緒に行こう。
声が聞こえた。
そして光。優しく暖かい体温、太陽の光と勘違いかもしれないけどーー
赤司が迎えに来てくれた気がした。
――――――
「黄瀬君。やっぱりここでしたか
「あぁ。つーか、一人きりの最期だったってのに、なんでこんなに笑ってるんだ、黄瀬は
「きっとドクター赤司が迎えにきてくれたんでしょう
黄瀬の機能停止の連絡が上司から入った、研究所に勤める二人の名は火神と黒子。
共にアンドロイド黄瀬の歌を聞いて、赤司との思い出を話す黄瀬を幼い頃に知って、研究員になった優秀な人材だった。
研究所のアンドロイド事業は派閥があり、黄瀬をないがしろにする上司が権力を振るい、支配している。
研究所に憤りを感じていたがまだ二人には権威という力がなかった。
海辺で横たわる黄瀬を見て、黒子と火神は涙を流した。
どうか、魂を持たない彼か、今度は人間として生まれ、幸せになりますように。
そして、赤司と出会って共に人生を歩めますように。
二人が立ち去った後に、また優しく風がふいた。
END
アンドロイド黄と捏造赤司様。
赤司様はアンドロイド黄瀬をつくる前はオヤコロ様だったという設定。