□青天の霹靂2












二人分のアイスコーヒーを淹れて、リビングのソファにかけた黄瀬さんは「どうぞ」と私に隣に座るように進めてくれた。



青峰様のお宅は他の家とくらべて掃除が行き届いているものの、やはり私は汚れていた気がしたので丁重にお断りして、近くの床に座った。


黄瀬さんは、その様子を見て、コーヒーを小さなトレイに置くと手にもって、私のほうに近づいてきて隣に座ってきた。


座っても長くて細い脚。小さな色素の薄い顔。


ふんわりと漂うコーヒーの香りの中にさっき香った黄瀬さんの香水の香りがして、緊張する。




「えっと……俺のこと知っててくれてるみたいだけど、一応、簡単に自己紹介。黄瀬といいます。青峰とは中学時代から交流があって、今日はちょっとお土産置いて行こうかと思って立ち寄っただけなんだ。驚かせてゴメンね」




「い、いいえ……! こちらこそ、すいませんビックリしちゃて……あと、失礼な呼び方してしまって」




「あぁ、全然平気だよ。キセリョとかきーちゃんとか言われるとうれしいし。でも、よかった〜。危うく不法侵入の犯罪者になるとこだったかもしれないから。あ、コーヒー遠慮しないで飲んでね。
ここのコーヒーはカフェやってるとこから分けてもらってるんだ」



内心「うわー、うわー! 生のきーちゃんだー。顔ちっちゃーい、足長ーい、美人さん過ぎるー!」

と興奮しているのだけれど、私は感情が態度に現れないのが短所であり、長所なのである。

黄瀬さんに、内面を悟らせることなく、黄瀬さんからみると落ち着いた態度で、コーヒーを勧められるまま頂いた。


鼻を突きぬける香りは良く、コーヒーが苦手な私でもおいしく感じる苦味のないコーヒーだった。




「おいしい」



「でしょー! 緑間っちと高尾君にお礼いっとかなきゃだな〜」



にこっと無邪気に笑った黄瀬さんに見とれてしまい、顔が熱くなってくる。



「黄瀬さんはよく青峰様のご自宅にいらっしゃるんですか?」



「うーん、そうだね……。最近はあんまり、かな。ちょっと色々あったから」




「そうなんですか……立ち入ったことをうかがって申し訳ありません……」



「ううん。てか、ごめんね。掃除の手止めちゃって。俺、コーヒー飲み終わったら、グラス洗って帰るから、俺のことは気にしないで作業続けてよ」




「あ、はい」



くいっとコーヒーを喉に流し込む黄瀬さんは、CMから抜け出てきたように絵になった。


やっぱりかっこいいし、綺麗な人だな! 



ハウスクリーニングは汚いものを触ったりすることがほとんどだから、友達は「やめれば? そんな微妙な仕事」っていうけれど、やっぱりこの仕事していてよかった。




憧れの人を間近で見られたハッピーを神様に感謝する。





私のグラスも一緒に洗ってくれた黄瀬さんは、見送りはいいよと笑ってくれた。

「ありがとう。楽しかったよ」と頭を撫でてくれて、リビングの扉をしめて行ってしまった。


私は公私混同しないように、掃除を再会し始めようと今度はフローリングを掃除すべく用意をする。


ガチャリとまた音がした。


あぁ、黄瀬さん帰ったんだな。と作業に集中しようとした。




「黄瀬?!」



「あ! 青峰っち!!」




「さっき電話あって、あの指輪見つかったんだよ! まじで勘違いして責めて悪かった!!」





青峰様の声がした。え? 何事……?






「ちょ! 青峰っち! 待ってっててば!」




黄瀬さんの動揺した声がリビングまで届いた。喧嘩? 殴りあいとかされたら大変!



私は急いでリビングの扉をあけて玄関に向かった。




そこで見た光景は、さっき目の前に黄瀬さんが現れたときより、衝撃的だった。




え? キ、ス、してる……。
壁に黄瀬さんを押さえつけて、黄瀬さんの唇を奪っているのは青峰様だった。






目が点の私と、黄瀬さんの目があう。





「だから待てっていったんスよ! アホ峰!!」




バシッと頭をたたかれた青峰さんは、私を認識して、顔を険しくした。












黄瀬さんは帰る予定を変更し、玄関からリビングに逆戻りした。



今度はアイスティーを入れてくれている。


キッチンにどこになにがあるか、把握しているような慣れた動きだ。







それよりも、……怖い……





眉間にしわを寄せてソファに鎮座する青峰様は先ほどから一言も言葉を発していない。




腕を組んでびくともしないけど、こちらをじっと見ているのを感じた。





氷をグラスに入れて、シロップやストローを用意している黄瀬さん。


トレイに並べ、机に並べてくれている。準備が終わったのか、黄瀬さんは青峰様の横に座ったようだった。




残りの掃除があったから背を向けて、手を動かしていたら、青峰様が私を呼んだ。






「掃除はもういい。ちょっとこっちきてくんねー?」




いったい何を言われるのだろう。




青峰様も黄瀬さんと同様に、ソファを進めてくれたが私は断って床に座ろうとした。


「なんで、そんなとこに座ろうとしてんの? ほらこっち座れよ」


「いや、私掃除で汚れておりますので」



「別に大丈夫だから、遠慮すんな」



大きな手に腕をつかまれて、一人掛けのソファに座らされた。




小さくなっていると、黄瀬さんが「お願いがあるんだけど……」と切り出してきた。



「その……さっきみたこと、忘れてほしいんだ。俺に出来ることがあればなんでもやります。お願いします」


黄瀬さんは私に向かって頭を下げた。



「あのっ! 私言いません!! お客様の事情はいかなる場合でも他言無用の約束です!」



「ハッ。どーだかな。信じらんねーよ」


青峰様の言葉が冷水をかけられた様にに冷たかった。




「あおみね……?」





「ばあさんの形見の指輪。お前にやったやつ。あれ。前のハウスクリーニングの業者の人間が盗んでやがった」




「「えっ」」




黄瀬さんと私の声が重なった。



青峰様の話は信じがたいものだった。


私の会社に依頼する前に雇っていたハウスクリーニング業者が、青峰様の私物を盗んでいたという恐ろしい事実だった。




今日警察から連絡があり、青峰様の私物を盗んだと犯人が自供したと。


青峰様は盗まれた事実を知らずに、掃除があまり丁寧じゃなかったから業者を変えたのだそうだ。


ちなみに正確に言えば、青峰様が黄瀬さんに送った指輪で、それは青峰様の御祖母様の形見で、青峰様にとっても思い入れがあるものだった。

青峰様は、指輪を無くした黄瀬さんを責めてしまい、黄瀬さんは自宅や青峰様のこのマンションや実家、仕事場をくまなく探したけど見つからず、会うと青峰様に謝ってばかりで、さらに青峰様を怒らせていたという。


アメリカなどでよくお手伝いさんがセレブの私物をぬすんでいたりするのをテレビで見たことあるけど、そんなこと日本でする人がいるんだ。


「プロ意識もなにもないハウスクリーニングの業者がいたことのほうが、お二人の関係より私にとっては衝撃です」


素直にそう伝えると、青峰様はじっと見つめて「本当か?」と真意を聞いてきた。


「はい。私はこの仕事が好きでやってるんです。プライドもってやっています。公私混同なんてしません!」




「本当に信じてもいい……?」



「はい。信じて下さい!」





青峰様と黄瀬さんはお互いを見てアイコンタクトをとり頷きあった。


「そうか。なら、頼む。黄瀬を好機の目にさらしたくないんだ」と青峰様も私に頭を下げてきた。




「頭、上げてくださいっ。約束しますから!」



慌てて青峰様に誓う。青峰様はふはっと大きな口を開けて笑ってくれた。



隣の黄瀬さんもはぁーと息をついてソファに沈み込んだ。

私以上に二人とも緊張されていたらしい。



「ちょっと席外すわ」

青峰様が外へ出ていかれた。



黄瀬さんとアイスティーを飲んだあと、掃除用具を片付けていたら、外に出られた青峰様が戻ってきた。


手には、マンションの向かいにある小さなケーキ屋さんのロゴが入った袋が下げられていた。



「ちょっと食ってけよ。三時のおやつにしよーぜ」





青峰様は笑った笑顔が、少年のように、かなり、眩しい。





ホールで買われたフルーツタルトは宝石が散らばっているように色とりどりでキラキラしていた。





黄瀬さんがカットしてくれて、また新しく今度は暖かい紅茶を入れてくれた。



私の分はとても大きくカットされていて、黄瀬さんのお皿は流石モデルと唸らせるほど幅が薄くカットされていた。



青峰様のより大きい。私だけ太らせる気なの?! 黄瀬さんってばひどいんだから! 




本気でひどいとは思っていないけど、ちょっと意地悪したくなった。



だって、憧れの人が思いのほか犬みたいに人懐っこくて可愛らしかったから。




「ところでさっきお願い何でも聞いてくれるとか言ってましたよね……?」




「ん??」



黄瀬さんは小さくカットされたフルーツを咀嚼していた。


ビクッと体が固まっている。青峰様に至っては人を殺しそうな目を向けてくる。フォークが凶器に見える……。




冗談なのに!!



「冗談です!! でも、実は私、黄瀬さんのファンなんです! サイン欲しいです!! あと父が青峰様のファンです! お二人一緒にサインくれませんか?!」




「ブッ! なんだよ、お前。公私混同しないとか言っておいて、舌の根の乾かぬうちに公私混同かよ」


クックッとおかしそうに笑う青峰様。



「サインはもちろんだけど、ねえ写真とろーよ! 三人でさ! 俺CMやったとこから一眼レフもらってたのこの家に置いてたはずだから!」




思っても見なかった提案に目が丸くなった私に二人は、写真を何枚も撮ってくれ、サインをプレゼントしてくれた。





「また来て欲しいっス。妹ができたみたいで、すごく楽しかったから」





「あ、はい。二週間後にまたお掃除に参ります」




「じゃあ、その時に写真渡せるようにしておくよ。俺もスケジュール開いていたらここにいると思うから」




「はい!」




「じゃあな。掃除、いつもサンキュ」




「はい!」



残ったフルーツタルトを保存容器にいれ持たせ、黄瀬さんと青峰さんは玄関で私を見送ってくれた。


とてもびっくりすること満載な2時間だったけど、思わぬ交友関係の広がりに私はテンションが上がった。




掃除で疲れているはずの体が軽い。




仕事ってつらいことのほうが多いけど、こんなサプライズもあるのね! 




私はスキップしながら、自転車のほうへ向かい、ペダルを漕ぐ。







坂を下ると夏の風が私の頬を撫でた。







END




拍手文でした。
第三者視点という設定で書いていて、自分的には割と気に入ってるものでした。皆様が楽しく読んで下さっていたら幸いです。


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