□生者、死者との出会い
放課後、学校側事情で部活は休み。
少し時間が出来たので、黒子は一人、図書館に向かった。
誠凜高校の図書館ではなく、区立の図書館は、都内の中でも蔵書数が多く、本日も幅広い年代の利用者が、本を手に取り吟味している。
だが、誰も騒ぎ立てず、黒子は静かに窓際を歩くと綺羅きらと埃が舞い踊る様が見て取れた。
図書館とはなかなか不思議な空間だと、黒子は考えている。
生者と死者の、思考や価値観を脳内で練り出されたものの集合体が本であり、その存在を読み手が現れるまで、保管しているのだ。
土地や時代が違う人間たちの考えが本に触れることで感じられる。
存在感の薄い自分が、実は、そこらで青春を謳歌している少年たちよりも、――本を通じてだが――他人と対面しているとは、誰も思わないだろう。
今日はどんな本と巡り会えるのでしょうか?
高揚し、僅かに血色のよくなる黒子は誰にも気がつかれずに、気になるタイトルや装丁をチェックしパラパラとめくっていた。
「黒子っち、絶対ここにいるって思ったのになぁ〜」
「だから、テツの事はほっとけっつたろ」
「んーでも、マジバのシェイク無料券っすよ? 今日までだし、黒子っちに渡してあげたいっス」
聞き慣れた声。こっそり棚と棚の間から声の主たちを探すと、少し離れた所で知り合いの姿を見つけた。
青峰はあくびをして、黄瀬の後を仕方なさそうについてきている。
黄瀬は黒子をどうしても見つける気でいるのか、キョロキョロと大きな眼を動かして忙しない状態だった。
図書館は天井も高く、更に利用者たちは静かにしている為、耳が無音に慣れてしまい、普通の声での会話はかなり大きく聞こえてしまう傾向にある。
皆、本を読む手や吟味する手を止め、声のするほうに僅かに冷たい視線を送っている。
(……出ていくのが、正確か。正解じゃないのか……。正直、今日は放って置いて欲しいです。マジバのシェイク無料券は残念ですが……)
青峰、黄瀬とどこかにいくと、面倒な事が多い。
中学のときもまあ酷かったが、高校が違うからか、会うと必ずお互いへの惚気はレベルアップしていくし、甘い空気に吐きそうになるし、容姿のいい黄瀬が女の子に囲まれると、青峰の嫉妬の鎮静化の為にフォローしなくてはならずくたくたになる。
二人の事は友人として好ましく思えるのだが。
たまに……否、結構頻繁に面倒くさいなこの人達。
ミスディレクション発動して帰ってしまおうかと思ったことは一度や二度ではない。
迷って、自分の髪と同じ表紙のハードカバーに視線を落とし、ため息をつく。
(仕方ないですよね、おそらく二人は誠凜高校へ足を運んだ後に、ここへ自分をわざわざ探しに来てくれたんですから)
今日は読書の予定から、マジバに変更ですね。
二人に向かって歩き出した時、そっと背後から、肩に手を置かれた。後ろを振り返ると恋人がいた。
火神は監督に用事があるとホームルームが終わると教室をさっさと出てしまったので、寂しさを振り切り、今日は一人で過ごそうと決めていた。
行き先も知らないはずの恋人が何故ここに?
火神はシッと口の前に人差し指を翳し、また青峰たちから見えない角度に黒子を引き戻した。
「メールいれっから待っとけ。……よし、オッケ」
スマートフォンを取りだし、メールを作成した。すぐメールを送信して、数メートル先の黄瀬が受信先だった。
鞄から取り出した端末を操作し、文面を読んでいる。読み終わると、「青峰っちー、マジバいくっスー」と青峰を連れ、図書館から去っていった。
(一体何をメールに書いたんでしょうか?)
「で、黒子はまだ本探したいんだろ? 俺マジバ行って無料券貰って、あとついでに適当に買ってくるから、俺ん家で本読めよ」
「え……? それはだめですよ」
「や、別にいいだろ? あいつらはあいつらで二人の世界入ればいいわけだし。つーか――」
耳元で小さく小さく囁かれた台詞に、体温が上昇する。
『俺が二人で過ごしてぇの。今日泊まって?』
それは、本を深夜まで火神の家で読むということではなくて、つまり、あれを含めてのお誘いだった。
照れ笑いした火神は「先に着いたら合い鍵使って入れよ」と、黒子を残し、目的地のマジバへ歩き出した。
「……」
さっき手にとった赤い表紙のハードカバー。そして、先程棚に戻したハードカバーを手にとる。
二作品はどちらも恋物語で、自分が読むジャンルとは少し掛け離れてる可能性もあるかもしれないけど……。
新しい道を知ることは、無駄じゃない。火神に会って、青峰とは違う光を知った。
借りて読んでみよう。
黒子は貸出カウンターの方向へ踵を返した。
二人の少年の会話で途切れた静寂が図書館に戻る。
沢山の本は次の読み手を待ちつつ、ひっそりと眠っていた。
END
20120920
図書館の話。白黒子と帰国子女の彼氏様。火神さんは白黒子にとってはお伽話の王子様。なんてね。