□巡る運命2
寒い冬を終えて、春になり、中学二年生になった。
桜の季節はすぎて、新緑が街を彩る季節だ。
今日も放課後からモデルの仕事で、渋谷まで来ていた。
モデルをやっているだけに、身長は高い。
日本人女性の平均身長は小学校四年生でさらっと抜いてしまった。
今も細胞分裂を繰り返して、私の身長は止まることを忘れたかのように伸びている。
正直、あまり女らしくないのはどうかと思うので、身長以外…いや、外見は女らしくしていた。
言葉づかいと動作は幼馴染の笠松幸男の所為で、だいぶ男勝り。
兄弟同然でいつもくっついていたから少しずつしか治せないものだと思ってあきらめている。
幸くんは中学校入学のタイミングで神奈川に引っ越してしまった同級生。
お隣さんだった幸くんがいなくなって、二年。
隣に住んでいた頃はよく仕事場に迎えに来てくれた。
最近は部活が忙しくてメールの返信もしてくれることはしてくれるけど
部活が挟まる時間だとなかなか滞りがちで、私としては少し寂しかった。
仕事も終わって、電車に揺られ地元の最寄駅へ着く。
街灯が明るく帰り道を照らしてくれたおかげで、何の危険もなく家についた。
パパもママも今日は遅くなる予定だから、私はお風呂に入って、ボディーケアをした後、夕飯も食べずに部屋に向かった。
部屋中にアロマスプレーを振って、香りに包まれる。
スプレーは四本あり、その日の気分で効果を変えてつくってもらった。
今日のは一番気に入っているスプレー。これはとても安眠ができる。
お気に入りの枕に顔をうずめると、意識が薄れてくる。
今日の仕事はハードだった。やっぱり12cmヒールでポーズとるのは慣れないなぁ……
◆
「またやりやがったな、この小童め! こうしてやる!!」
殴られ、蹴られる。商人の男は容赦がなかった。
口が切れて、血が地面に落ちる。崩れ落ちた小さな体は痛々しいほどの傷を負っていた。
だが、だれもその行いを咎めるものはいなかった。
誰もが平和に暮らせる世の中は終わった。
人々の暮らしはひっ迫していた。子供は食いぶちが増えると、親の都合で捨てられ、孤児はそこら中に溢れていた。
体に纏った着物は襤褸屑で、雑巾のほうがまだ綺麗な様子だった。
街を練り歩く人々にとっては同情より嫌悪の対象になっている。
腹が減っていた。もう何日も水しか口にしていない。
親に捨てられた自分が生き残るためには盗人をせねば、この江戸で生き残っていけなかった。
瓜が夏の炎天下でも瑞々しく陳列されていた。
見れば店番の親父はやや子をあやしながら、若い女と話し込んでいる。
ごくり、と乾いた喉がなった。
この瑞々しい瓜を食べたかった。
金はない。盗みを働くことは悪いことだと知っていたが、それよりも本能が勝った。
力を振り絞って、気が付かれないように瓜をとって、走ろうとした。
が、運が悪く見つかってしまった。やや子が泣き出した時に、視界に入ってしまったらしい。
見つかって殴られるのはもう慣れた。
折檻され、一度手にした瓜は奪われてしまった。
理不尽だ、と思った。
あの丸々太った瓜をあの親父のやや子は腹いっぱい食べれるんだ。
なんで俺は、腹いっぱい、食べれないんだ。
孤児は沢山いて、生きるすべを持たない子供はどんどん道端でひっそり息を引き取っていっていた。
夏はまだいい。けど、冬は凍えて夜露に震え、雪が降れば次の日には沢山子供が凍っていた。
自分はどうなるんだろうか。
今日生き延びても、明日はわからない。
希望も夢もないまま、蹴られた足を引きずって、神社まできた。
お稲荷さんの朱塗りの鳥居を超えて、苔の蒸した木陰に入る。
小さな社の脇に腰を下ろした。社には残念ながら、口にできるようなお供え物もなく、枯れかけた花が添えられていた。
木陰は涼しく、殴られて熱を持った体には有難かった。
少ししたら、水でも飲もう。
そう思って目を閉じた。
「わっぱ。おい、わっぱ」
心地のいい声がした。目を開くと、漆黒の髪の中に鳶色の輝きを持つ上等な着物をきた男が目に入った。また殴られるのかと体を固くしていると、男は白い歯を見せて笑った。
「随分とひどい有様だな。生きているか」
「五月蝿いな。なんだ、御前は」
「おお、生きておったか。俺は士族だ。名は――と云う」
頭がぼうっとして、その名前は聞き取れなかったが、かろうじて身分は聞き取れた。
「士族のあんたが俺に何の用だ」
「いや、生きておるか死んでおるかとな。今日は富くじの日でな、わっぱが死んでいると縁起が悪いだろう」
「はっ。生きててよかったな。外れて大損してしまえ」
「随分な言い草だな、わっぱ。虫の居所が悪い。まあそれだけ怪我をしておれば、虫の居所も悪いか」
「五月蝿い。さっさと去れ」
富くじの金があれば、さっきの瓜だって買える。この男は、士族だと云う。
生まれながらにして苦労もしらずぬくぬくと育ってきたのだろう。
腹の立つことだ。
悔しさに涙も出ない。ぐっと我慢し、息をこらえると、腹がなった。
ぐぅぅぅぅ!!
「くそっ!!」
男は俺が腹が減っているのを悟ったらしい。目を丸くした後、ふっと笑みを浮かべた。
馬鹿にしているわけではない、僅かに憐憫のはいった鳶色の瞳は透明度が高く澄んでいて、こいつは悪い奴じゃないと分かった。
「腹が減っていたのか。握り飯ならあるから食え」
差し出されたつつみに入った、握り飯と漬物。
最初は躊躇したものの、漬物の匂いに耐え切れず、奪い取り、無我夢中でガツガツと食った。
喉に痞えて咳き込むと、家紋の入った竹筒を渡された。士族なのは本当のようだ。
喉を潤し、また握り飯を食らいつき、咀嚼する。
旨かった。
涙が出た。
自分の境遇に、……この男の優しさに。
一時の気まぐれで野良犬や猫に餌を与えたつもりなのだろうが、世の無常を、絶望を、先ほどまでしかと、噛み締めていたので、気まぐれでも嬉しかった。
握り飯を食い終わるまで、男は俺をじっと見ていた。手についた米まで舐めとっている俺をみる、慈しむような眼差しは木陰より心地がよかった。
「なあ、わっぱ。俺のところに来い。そこまで贅沢は出来ぬかもしれぬが、今よりはましだろう」
「なんで……」
「とって食おうとは思わなんだ。安心せい。妻もやや子もおらぬ気ままな独り身。奉公もさせぬ、苦労もさせぬ、どうだ」
「…………。なんで……」
「さてな。この神様のおぼしめしかもしれん。ま、単純に俺がお前が気にいったから、だけどな」
「……飯いっぱい食わせてくれるか」
「あぁ。安心しろ」
「…………本当に、か……?」
「あぁ。まぁ、その前に風呂だな。さあ、俺と一緒に来い」
この男が人買いであるかもしれない。が、もう騙されていてもいい。
大きなあったかい手を取ると、自分を抱き上げてくれた。
風呂に入らず、塵と埃と垢と血だらけの自分を嫌悪せずにしっかと胸に抱き、男は歩き出した。
つづく
過去編でした。
峰衛門様(仮)は超絶男前設定。
うちの青黄の中で一番男前で行きたい。
って、このパロ、大丈夫かな。