その花の名は。
執務室に続く廊下には、真ん中辺りにポツンと一つ長椅子がある。
肘掛けには無駄に細かな細工がされてあるいかにも高そうなソレだが、豪奢な見た目とは裏腹に、置かれている姿は実に寂し気なのだ。
普段は誰も居ない為、報告が終わった後に一服してから帰ったりするのだが、今日は先客がいた。
長椅子と同じ様に、寂し気に背を丸め、ぼうっと床に視線を送る小さな人影は、良く見知った人物であった。
「新一、か」
「…おぉ!おださくだー!」
隣に腰を降ろし声をかけると、新一は弾かれた様にぱっと顔を上げ、満面の笑みで私を見上げた。
そういえば、会うのは随分と久しぶりだ。
「こっち来るなんて珍しいー!お仕事?」
「ああ、首領に報告にな。新一はどうしたんだ?」
「太宰がお部屋で待ってなさいって。星、置いてかれたの」
上がっていた顔が、言葉に合わせて段々と俯き加減になる。
「エリスと口喧嘩でもして勝ちゃ、少しは元気出ると思って来たんだけど、返り討ちにされちゃったあ」
「…成る程な」
えへへ、と柄にもなくしおらしい顔で笑う新一は、何時もよりも更に幼く見えた。
煙草を一本取り出し、火を付ける。
乳白色の天井へと昇って行く煙を見ながら、新一がぽつりとぼやいた。
「…星、「あしでまとい」なのかなぁ」
「…どうして?」
「エリスに言われたの。太宰は、星がいるから最近お仕事の調子が悪いんだって。そーいうの、あしでまといって言うんだって」
先程から落ち込んでいる原因は、どうやらそれらしい。
そんなわけがない。
太宰は新一を大切に思っている。その気持ちに嘘偽りはないだろうし、初めて私に新一の事を話した太宰の顔といったら、終始見たこともないような優しい目をしていた。
足手まといだなんて、そんな風に思うはずがない。
「それはないだろう」
思考とほぼ同時に、口が動いていた。
「どして?どうしてそう云えるの?」
私が云い切ると、新一が俺の袖を揺さぶりながら不安そうに尋ねた。丸い瞳は今にも泣き出しそうだ。
「太宰は…寧ろ、新一が来てから、肩の荷が一つ降りた様だった」
「…ほんと?」
「ああ、新一がいるから、太宰も、俺も、安吾も頑張れる」
こんな硝煙と血の臭いに塗れた世界に差した、一輪の花の香り。
新一は私にとって、今も、出会った頃も、変わらずそんな存在である。
お前はどうなのだろう、太宰。
「星がいたら、おださくも頑張れるの?」
新一の、袖を握る力が弱まった。後一押しという具合か。
「頑張れるな。生きて帰って来ようと思える」
「…じゃあ、星はあしでまといじゃないんだね」
「足手まといだと云うのなら、太宰は最初からお前を拾わないさ」
そう云って数度頭を撫でてやると、新一は少しはにかんでから、勢いよく飛び上がった。
「うん!今からエリスに云い返してくる!」
「ああ、云ってやれ」
ぱたぱたと軽い足音を立てながら走り去る新一を見送り、俺も重い腰を上げる。
ちびた煙草を灰皿にすりつけ、歩みを進めようとするとー
「おださくー!!」
不意に呼ばれた自分の名前に、反射的に振り返る。見ると、新一が此方に向き直り、手を拡声器変わりに口元に充てていた。
「お仕事、頑張ってねー!!」
にぃ、と悪戯っぽく笑うと、ノックも遠慮も無しに首領の部屋へと飛び込んで行く。
「…そう云われてしまったら、頑張る他ないだろう」
少し緩む口元を手で押さえながら、次の仕事へ赴く為に、足を前へと運ぶ。
あんな笑顔を毎日見れる太宰を、少しだけ、羨ましく思った。
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17000キリ番リクエスト。
美傘様で「織田作と星」でした。
何度もメッセージ送ってくださったり、応援してくださったり、本当にありがとうございました!
気に入ってくださると嬉しいです…!!