下心 | ナノ







「…は…っぐ…!!」

盲点だった。まさか今日だなんて、思ってもみなかった。

「おとう、さん…おか…さん」

大切な人の名を呼びながら、疾走する。ここからでは届かない事なんて分かってる。それでも、無事を願わずにはいられなかった。

こんなことなら、山になんて登らなけりゃよかった。花畑なんて、珍しくもなんともないじゃないか。戦いが終わってからでも行けたはずだ。
何で…何で今日、出かけてしまったんだろう。

息も絶え絶えに、刃をかち合わせる村人や、他族の奴の間を、縫うようにして駆け抜ける。頬を槍の先が撫でた。つ、と血が滴る。

煉瓦でできた外壁に手をつき、浅く息をする。そこには見慣れた洋館…私の家が


「…ない…ない…なんで…!?」


あるはずだった。

目の前にあるのは、ただの瓦礫の山。

「おかあ、さ…とう…さん…」

どこ

「…どこに…いるの」

ふらふらと瓦礫に近寄り、手で退かしてゆく。

「……ッ!」

手から急に血が流れ出した。よく見ると、私のマグカップ…だったものが落ちている。どうやら指先は凍えてしまって、痛みも分からないようだ。
また、狂ったようにふらふらと歩き出す。と、瓦礫の隅で、細く長い腕が伸びていることに気付いた。

「おかあさんっ!!」

急いでその手に飛び付き、無我夢中で瓦礫を掘り返す。

「おかあさん、おかあさん…っ」

いくら呼んでも、揺すっても、いつものエプロンをつけたお母さんは、ぐったりとして動かなかった。いつもの可愛い笑顔も、そこにはない。

「…なんで」

どうしてなの…

「いやだよぉ…」

後退りをすると、煉瓦の壁にぶつかった。背中がじんと痛む。そのまま、力無くドサリと座り込んだ。

「や…だ…」

視界がぼやけてゆく。頭がぼうっとする。

「死にたく…ない、よぉ」

ぽそりと口から言葉が零れた。その時―

「おやおや、まだ生きているのがいましたか」

頭上で聞いたことのない声が、私を引きずり戻した。

「この辺一帯にいる土竜族は、全て始末したと思ったんですがねぇ」

すとん、と声の主は降り立ち、私の顔を、腰を折り覗き込む。

「たす、け…て」

「おや?」

ぽろり、涙と共に言葉が落ちる。私は最後の力を振り絞り、手を伸ばした。

「…とは言われましても、この辺りにいるものは皆、殺すように言われてるんですよねぇ…」

「たす、け…くださ…っ!!」

相手が何を言っているのかは聞き取れない、が、明らかに望みがなさそうなのは、表情でわかる。それでも、もうこの人に縋るしかない。

「…分かりました。いいでしょう」

突然、腕をぐいと捕まれたかと思うと、耳元で囁かれた。トン、と背を一回軽くさすられる。

「ただし」

「…?」

「…一度死んでもらいますが、ね」

「え―――――ッ!!??」




ドッ―!!





お腹に衝撃、そして激しい痛み、痛み、痛み。痛い。助けて…!!

「う……っがぁ!?」

また衝撃。どぷり、とナニカがお腹から吹き出る。目の前が白く染まる。

「…そして、魔族として、僕と一緒に来てもらいます」

「ま、ぞ……?ッぐぁ…」

「直ぐに痛くなくなりますから、ちょっと我慢してくださいね」

言われてすぐ、フウ、と傷口が光りだした。光は熱をおび、徐々に温度を上げていく。

「もう少し、もう少しですよ」

言われた瞬間、焼けてしまうと思う位まで熱くなると、光は急に消えた。

「…っと、まあ、こんなものですかね…もう大丈夫ですよ」

言われ、重たい頭をそっと上げる。私は改めて、命の恩人である…と思われる人の顔をちゃんと見た。しゃがんでいても、私よりずっと背の高い、おかっぱのお兄さん。手には血のついた錫杖。もう片方の手は、私の背に回されている。

「…大丈夫ですか?」

「あ、は、はい…ありがとう…ございます」

「…ええ、まあ…どういたしまして」

お礼を述べると、お兄さんは一瞬、驚いたように目を見開いた後、頭をかきながら苦笑した。

「僕はゼロス、獣神官のゼロスといいます。貴女のお名前は?」

「え!?あ、ええと、ドリュー、ドリュー=モーリシャス…です」

「ドリュー、ですか、宜しくお願いします」

糸目だったお兄さんの目が、更にニコリと垂れ下がった。

「さてと、では場所を変えましょうか」

「えっ」

「貴女には説明しなければいけないことが、山ほどある」

ひょい、とゼロスさんは軽々私を抱えた。

「説明した…と、あれでは到底、言えません、いきなり刺されても生きてるなんて、自分でも不思議じゃありませんか?」

「は、はあ…」

「まあ、どのみちずっとここにいるわけにもいきませんしね」

そのまま、ゼロスさんの体がふわりと浮き上がる。何故だか瞼が重く、今にも閉じてしまいそうだ。

「眠いのなら、寝ても構いませんよ?」

「いや…です」

私はふるふると首を振った。ゼロスさんが不思議そうに私をみる。

「どうして?」

「これは夢で、目を閉じたら、本当に死んじゃう…かも」

くすり、とゼロスさんが笑った。

「そんなことないですよ、大丈夫ですって」

ゼロスさんが私の額を撫でる。急に、更に瞼が重くなった。



△▼



「…寝てしまいましたか」

まだ何の細工もしていないんですけどねぇ

「ま、あれだけの力を一気に受け入れたんですから、しょうがないですかね」

当然といえば当然です、と一人で納得しなが、屋敷の廊下を歩く。靴がコツコツと小気味いい音を立てる。

「…さて、何からどう説明しましょうか」

このドリューという子に、それからあの人に。何故、貴女は生きているのかということと、何故、この子を助けたのかと

「何ででしょうねえ…」

自分にも分からない。ただ、この子の姿を見て、なにかしてやりたいと思ってしまった。

「…全く、僕らしく…いや、魔族らしくないですね」

助けて、と言われて助けてしまうなんて

「…何かが引っ掛かったんでしょうねぇ」

細い腕をこちらへ伸ばしてくるこの子を見て…

「とりあえず…あの人への言い訳は…」

秘められた魔力があるのは分かっていた。一目見て、強くなるとは思った。…即戦力になるとも。

「まあ、そういうことにしておきましょうか…そして、この子への説明は、と」

少女は、片腕で抱えられてしまう位に幼い。そんな子供に、どう説明すれば分かって貰えるだろうか。

「…嫌だ、なんて言いませんかねぇ」

言ったところで

「どうにもならないんですけどね」


ふう、と溜息をついて、あの人の部屋の重い扉を開けた。




お礼なんていいんですよ
(多分、ただの気まぐれなんですもの)




−−−−−−−−

ドリューちゃんのファミリーネームは、モール(もぐら)を適当に捩ったものです。
…子馬って1000年前、よね…?(勉強不足)


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