小ネタ9(クリスマスイブ)
(小ネタ2の続きです)
「タマキ、クリスマス当日の予定なんだけど……」
おずおずと切り出したカゲミツに、タマキが同調するように頷く。
「うん。俺もそれ言っとかなきゃと思ってたんだ。出来たら二人でゆっくり過ごしたいから、外食じゃなくて家でいいかな?」
二人で!
ゆっくり!?
それを聞いただけで、顔がかーっと火照ってくる。
「う、うん。……そ、そうだな。賛成」
密かにレストランの予約とか、ホテルの予約とかを画策していたカゲミツだが、この時点で全ての計画は吹っ飛んでいる。
「じゃ、当日はチキンのパーティーパックとか買ってくるから。それでいい?」
「もちろん」
ぶんぶん首を縦に振る。
タマキはそんなカゲミツの様子を面映そうに眺めながら、
「じゃ、当日はちょっと寄り道してから帰るけどよろしく」
と言った。
「あ、俺も買い物付き合おうか?」
「ううん。カゲミツは部屋を暖めて俺の帰りを待っててくれたら嬉しい」
部屋を暖めて……。
待つ!?
タマキが言ってるのは至極当然の事だと分かっているが、どれに対しても過剰に反応している自分を自覚せずにはいられない。
(あー。すっごい挙動不審だよな…俺)
自己嫌悪に陥りながらも、努めて冷静に振舞おうと思った。
……のが、一週間前の事。
なんやかんや言ってクリスマスイブ。当日──。
「お先に失礼します!」
「お疲れ様」
「じゃ、カゲミツ、ちょっと行ってくる」
「ああ」
定時に仕事を終えて、買出しに出かけるタマキを見送ってると、後ろから声を掛けられる。
「いよいよだな、カゲミツ」
いよいよって……。
「美味しく頂かれてこい」
美味しく? 果たして自分は美味しいんだろうか?
「ずるいなー。カゲミツ君だけ」
ずるいって…。自分がこの立場に置かれてもそういえるのかよ。
「頑張ってね」
頑張る? 何を!
「朗報を待ってるから」
朗報ってどんな?
ろくな返事も返せないままミーティングルームを出ると、5Fの自宅へ帰る。
まずはエアコンを入れて。
自室のオイルヒーターもオンにして。
それから、テーブルのセッティングをして。
それから……。
風呂とか入っておいたほうがよいのか。
そんで、ベッドに潜り込んでタマキを待つべきなのか?
いや……。
それは違うとカゲミツは思った。
タマキはそういう奴じゃないし。
なにより、純粋にクリスマスを楽しみにしてそうだし。
自分の出来ることって何だろうと自問する。
ああ。何をしよう!
……とか、悩んでいるうちにタマキが帰ってきてしまった。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス」
シャンパンで乾杯する。
机の上には、タマキの買ってきたオードブルやチキンや(なぜか)寿司が所狭しと並んでいる。
「そんなに高級なやつじゃないけど」
「ううん。すごく美味いよ」
よく冷えたシャンパンは、喉ごしも良く美味しかった。
二人で飲。それだけで、極上の味がした。
カゲミツはさわやかな後味を楽しみながら、寿司を摘む。
意外にもシャンパンと寿司の相性はよい。
「この選択は?」
「あー。酔わないように、米食べようと思って」
マスターからのアドバイスなんだ……とタマキははにかみながら言った。
普段酔いやすいのを自覚してるのか、そういうのにも気を遣っているらしい。
「なんか、いろいろ買出しさせてごめん。…なにもせずに」
「してもらってるよ」
「何を」
「こうやって、俺の帰りを待っててくれた。…帰りを待ってくれている人がいるって……すごく幸せだなって思った」
カゲミツは任務の最中でもたいていワゴンで仕事をしているし、同棲するようになってからも先に帰ることは稀だったなと…思った。
タマキがそんな風に思ってたなんて。
申し訳なさが募る。
「これからは、出来るだけ帰るようにするから…。ごめんな」
「ううん。仕事熱心なカゲミツも好きだから。……それに、帰って作業とかしていると、邪魔しちゃいそうで」
「俺は大歓迎だけど?」
「俺が嫌なのっ」
食べながら飲んでいたはずなのに、だんだん話し口調が熱くなってきたようだ。
顔色もほんのり赤い。
「それに……。今日もさ…、カゲミツを欲しいとか言っちゃったけど、とどのつまりは独占したいって事でさ……」
ドキリとカゲミツの胸が高鳴る。
あの言葉の核心にせまる話になってきたのか?
ドキドキしながらその続きを待ったが、タマキはそれ以上話す様子はなく、黙々と食べ続ける。
カゲミツはタマキに想われる喜びを噛み締めながらも、「欲しい」の真意を測りかねてぐるぐると考えながらその様子を見守った。
食事がすむと簡単に片付けて、お互い風呂に入ることにする。
タマキをバスルームに見送って、ソファーにもたれながら、否応なく緊張が高まっていくカゲミツ。
(落ち着け、俺──。これ、いつもとなんら変わらない光景だから)
タマキと同棲するようになって一年近く。
タマキに乞われて抱いてからも、すでに半年以上経っている。
カナエの影が消えたわけじゃないが、それでも確実に自分との思い出も積み重なってきたと思う。
だけど、まだ完全にタマキを掴めないもどかしさは自分の中にあった。
そしてそれは、自分自身がまだカナエの影に遠慮している部分があって、強く踏み込めないでいるのだと自覚もしている。
今のタマキを見守りながら、寄り添うのがせいぜいだと……思っている。
そして、タマキからしたらそれがもどかしいのかもしれない…という気もした。
今回、自分をこんな風に欲してくれたのは、それを打破したいタマキからの行動の表れなのだろう。
しかし、はたしてそれを自分は受け容れることができるのだろうか。
(タマキに抱かれる自分……)
いまだ、それを想像できないカゲミツだった。
タマキが風呂から上がってきたので、交代に自分も入る。
風呂から上がると、タマキはカゲミツのベッドに寝転がっていた。
「ホワイトクリスマスにはならないみたいだ」
タマキが、窓の外を眺めながら言う。
「うん、でも寒波のせいですごく冷え込んでそれらしい雰囲気ではあるよな」
曇った窓ガラスを眺めながらカゲミツが答える。
部屋はヒーターのお陰で暖かい。
風呂上りなこともあって、体はまだぽかぽかしている。
「タマキも湯冷めしないように。布団かぶれよ」
いくら部屋が暖かくても、パジャマのままの薄着ではすぐに湯冷めしてしまう。
「うん。……カゲミツも来いよ」
タマキが布団をかぶりながら、カゲミツが入れるように端を持ち上げた。
乞われるままに、布団に潜り込む。
「暖かいな」
「うん……」
「こんな寒い日に、隣に誰かがいて、その人の温かみを感じることが出来るってのは、ほんと幸せだよな」
「その誰かが好きな奴ならなおさらだ……。俺、タマキとだからこそこんなに幸せなんだと思う」
「それはもちろん俺だって! カゲミツだから…幸せなんだよ」
誤解されたのではないかと、慌てたタマキが力説する。これは決してカナエがいなくなった隙間を埋める為の行為ではないと、カゲミツにわかって欲しかった。
「なあ、カゲミツ」
「何……」
「俺、クリスマスには何が欲しいって聞かれてさ……」
「うん」
「お前って答えたじゃん」
「う、うん」
カゲミツ神妙な面持ちで頷く。
タマキが欲しいものなら……。なんだってやる。
ずっとそう思ってた。
それこそ、命だって魂だって。
命を掛けてタマキを守り、そして愛していこうと決めた自分ではないか。
いまさら体の一つや二つ。躊躇することでもない。
そう思うとなんだか吹っ切れて、なるようになれという気がしてきた。
「それって、こんなふうにカゲミツの時間を独占して、自分とだけ過ごしたいという意味もあるんだけど…」
「うん?」
「……それだけじゃなくて……」
タマキがどう言おうか考えながら言葉を継ぐ。
「今日だけのことじゃなく、これからもずっと……一緒にいたいんだ。出来たら一生。そういう意味の全部なんだ」
「タマ……キ」
想像以上に、話は大きくて。
目先の事柄にとらわれていた自分を、とても小さく感じた。
ただ、一緒に過ごせることが嬉しくて。
それだけで望外のことのように感じていた。
この先をどこまで望んでいいか、なんて及ばなかった。
いや本当は、プロポーズを考えたこともあったが、タマキの心の大半をまだカナエが占める今、ほんの数ヶ月その上に想いを積み重ねたところで、到底敵うものではないと、諦めていたところもあった。
それを、タマキのほうからも望んでくれるなんて。
こんな幸せってあるだろうか。
驚いた表情のまま、固まってしまったカゲミツの頬に、タマキがそっと触れてくる。
「そういう意味での、……クリスマスプレゼントだけど。くれるか? カゲミツの一生を」
必死で目を凝らしながら頷く。視界が滲む。
「俺との永遠を約束してくれる?」
「ああ……約束す……」
涙で声を詰まらせてしまった。
「約束するよ」
そう答えながら微笑もうとしたら、こらえきれない涙が溢れて、鼻梁と目じりを伝っていった。
タマキがそっとキスしながら、涙を吸い取る。
それから、頬に唇にキスを落としていく。
「泣くなよ……」
啄ばんだ唇を離しながら、タマキが言うと、
「ごめ……。なんか幸せすぎて胸がいっぱいで……。泣いちまった」
カゲミツが少し照れながら答えた。
それから、真面目な顔で続ける。
「俺の全てを、お前にやる」
そう言いながら、今度は自分からキスをした。
タマキの体を強く抱きしめると、タマキも強く抱き返してくれる。
今度は啄ばむだけのキスだけでは飽き足らず、深い口付けに変わっていった。
「ん……っ…」
「あっ……ふっ……」
互いの吐息が甘く絡み合っていく。
そして、次第に熱く熱を帯びたものになっていく。
次の行動に出たい衝動に駆られながらも、必死に押さえるとカゲミツは少し情けない声で囁いた。
「で……さ……。俺の全てをやるってことは……俺が抱かれることになるのか?」
そう問われて、一瞬驚いた顔をしたタマキ。
だけど、カゲミツの言わんとしている事を理解して、ニヤリと微笑んだ。
「お望みとあらば……いくらでも」
妖艶な微笑みを浮かべたタマキに魅入られたように固まったカゲミツ。
やがて観念したように力を抜くと、目を閉じて言った。
「もう……、どっちでもいい」
翌週──。
興味津々に事の仔細を訊いてきたメンバーに対して、カゲミツはにっこりと微笑むと、一言
「教えねえ」
と言い放ち、タマキも
「ご想像にまかせるよ」
とさわやかにかわした。
そんなカゲミツを「一皮剥けた」とか「タチ度が増した」とか、密かに議論が交わされることになるのだが。
それはまた、別のお話。
(FIN.)
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