移り香
くゆる紫煙。
シーツの海にたゆたうのは、情事の後の気だるさを湛えた女。
女は顔を上げ、サイドボードの灰皿を取り寄せながら、隣の男に目をやった。
「吸う?」
シャワーから戻ってきた男が、一瞬戸惑うように目を開き、それから柔らかく微笑んで言った。
「いただきます」
吸っているタバコを手渡そうと腕を伸ばす。
男はベッドに腰を掛けながら受け取り、ゆっくりと吸い味わうように吐き出す。
(普段、タバコ吸うところなんか見たことないんだけどね……)
嫌味ない、スマートな身のこなし。
付き合う程度の喫煙なら難なくこなす……。
しかし、一瞬の躊躇に本音が見えて微笑ましいような悔しいような…そんな気分になる。
せっかくシャワーで匂いを落とした後なのに、また匂いが移ってしまう。けど、むげには出来ないところが彼らしい。
返された煙草を受け取りながら、思わず言葉が漏れる。
「一体何が、貴方をそこまで変えたのかしら?」
「え? ……何がです?」
「出世を放棄して、ここまで危険を犯すなんて。今までの貴方じゃ考えられないわ。トキオ」
「それは……」
少し、考えながらトキオは答えた。
「一度あの温かみに触れると…、戻れなくなるんですよねぇー」
おどけて答えながらも、悟ったような表情。
「温いの間違いでは?」
「いやま、そうなんですけど」
苦笑する表情がまた蕩けそうな微笑で。
……なんか惚気られた気がした。
(『何が』…ではなくて、『誰が』……だわね)
もっとも、その答えを自分はもう分かっているような気がする。
ぬるま湯のようなJ部隊。
だけど、あそこにあるのは決してぬるま湯のような関係でなく、本当の人間の温かさを感じさせる何かがある。
そして、そのムードメーカーが誰かも。
合同捜査で何度か顔を合わせた、熱血少年(青年?)の姿がふと蘇り、変に納得してしまう自分がいた。
「それは…、私にはないものね」
思わず拗ねたような口調になって、慌てる。
嫌だ。独身女のヒスはいただけない。
「そんなことないです。隊長の温もりは大好きでしたよ」
「馬鹿……」
こんな時も、卒なく応えるところが好きで。
そして、さりげなく過去形にしているところがまた、…憎たらしい。
煙草を揉み消し、腕を伸ばす。
「私も好きよ。トキオ……」
そして、トキオの首に絡み付けながらキスした。
シャツを掴みながら思う。これで、香水の匂いが移るのも免れないだろうなと。
だけど、それを嫌がる素振りも見せず、トキオはキスに応えながら抱きしめ返してくる。
ほんと、最後まで憎めないやつ。
「……幸運を祈るわ。……元気で」
「貴女もね……隊長」
部屋を出て行く彼を見送り。
再び、煙草に火をつけた。
未練たらしくは見えなかっただろうか?
もう少し格好つけたかったんだけど。
最後くらい…いいか。
目がうるむのは、煙草の煙のせいにしてしまうことにした。
《FIN.》
DCタロット参加作品
U 女教皇
<正位置>
知性・平常心・洞察力・独身女性
<逆位置>
激情・無神経・我が儘・ヒステリー
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