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「たまには外で食事をしないか?」
ヒカルに誘われて新宿に繰り出した。場所はヒカル任せだ。
「いったいどこへ行くつもりだ?」
「まあ、いいからいいから」
促されるままについて行くと、淡い光を放つ水槽がある店先に連れられた。
嫌な予感がする。
「ここは…」
「最近流行りのアクアニングダイニング。熱帯魚を鑑賞しながらディナーが楽しめるんだって」
階段を下りていくと、淡く照らされた玄関にはインドのガネーシャの像が飾られていた。
「インド料理?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。……ある意味今のキヨタカにはぴったりの神様だと思うな」
「それはどう言う……」
訳を聞く前に、ヒカルは中に入っていく。
仕方なくついていくと、受付の横にはいきなり大きな水槽があってアロワナが泳いでいた。
思わず息を呑む。
「キヨタカ…。こっちだって」
店内は、壁に埋め込まれた大小様々な水槽と、フロアをパーティションがわりに区切る長方形の水槽が配置されていた。その数に圧倒される。
俺たちは奥まったコーナーのペアシートに案内された。目の前に大きな水槽が配置されている。
「……」
ソファーに腰をかけると、ヒカルが心配そうにこちらを覗き込んできた。
「大丈夫か? キヨタカ」
そっと手を握られる。
「大丈夫って?」
出来るだけさりげなく答えたつもりだったが、ヒカルにはぎこちなさが伝わってしまったようだった。
「キヨタカさ、あの事件の後、テレビで水族館や水槽の映像が映るたびに一瞬だけど反応してただろ。……それってやっぱトラウマになってるんじゃないかと思ってさ」
「……」
そんなことに気づかれてたとは迂闊だった。自分では何気ない振りをしているつもりだったのに。
「そんな心配かけてたとは。すまなかったな…」
「ううん。俺だっていい思い出じゃないし」
ハッとする。実際大変な目にあったのはヒカルの方だというのに。
「ヒカルは…大丈夫なのか? こんなところに来て」
「んー。実際気を失ってたからそこまで覚えてないし、いい気分はしないけど」
そう言いながら、まっすぐこちらを見つめてくる。
「今は、キヨタカがいるから大丈夫」
そう言って微笑む姿に胸を突かれた。
「だからさ……キヨタカにも、嫌な思いではいい思い出で上書きしてしまえば平気になるんじゃないかと思って」
「ヒカル……」
こみ上げてくる愛しさに思わず抱きしめたくなったが、ここはこらえてそっと耳に口を寄せる。
「ありがとう。いい思い出に出来そうだ」
二人で肩を寄せながら、しばし水槽の景色に見とれる。
ここはあの時のような、光の舞うウォーターパネルがあるわけじゃないし、滝もない。
だけど、青く揺れる光と美しく鮮やかな魚の姿は、確実にあの悪夢を薄れさせていく。
「そういや、入口で言っていた俺にぴったりの神って?」
「ガネーシャは障害を取り除く神なんだ」
「ああ確かにぴったりだ。ご利益もあったし」
「ほんとに? よかった」
俺は、水槽を見るたびに、この愛しい瞳と手のひらのぬくもりを思い出すだろうと思った。
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