出発
「俺、実家に帰ることにした」
身支度を整えた俺が、キヨタカを振り返りながらかけた言葉に。
「そうか」
朝日を浴びながら、眩しそうに目を細めるキヨタカは、あまりにもあっさりとそれを認めた。
昨夜の熱い恋人ぶりはどこにいったのか。
俺はそんな彼にショックを受けながらも、出来るだけ冷静に言葉を続ける。
「このまま、逃げてばかりいても仕方がないし、きちっと話をしてくる。……それでどうなるかはわかんないけど」
もしかしたら、もう帰れないかもしれない。
そんな危惧もしながら。
罪を犯した自分が、こうやって今までのうのうと暮らしてきたほうがおかしかったのだ。
自分が作ったコンピュータウィルスのせいで、どれだけの多くの人が被害を被ったか。
テロリストに身を窶したラークとビートルの、元凶も自分だという事実。
トキオに突きつけられた現実を目の当たりにして。
カナエには偉そうに償いを要求しておいて。
自分が何もしていない事に反吐が出そうになった。
全ての罪を白日の下に晒して、そしてどんな風に罰されるかはわからない。
だけど、出来るだけの事をしたい。
何も知らず、見ない振りは出来ない。
このままキヨタカと居るわけにはいかない。
「そうだな。一度きちっと話はするべきだしな」
頷くキヨタカ。
彼は、来るものは拒まない。
俺が来た時だって、受け入れてくれた。
そして、去るものは追わない。
俺が、去るといえばそれまでなのだろう。
去らなければならないと思ってるのは自分自身なのに。
もしかしたら、引き止めてくれるかもしれないという期待を抱いたりして。
それだけの関係だったのかと思うと、悲しくなって。
溢れそうになる涙を堪え、涙声になりそうになりながら、さらに何もなかったように続ける。
「じゃあ行くから……」
そういいながら、背を向けようとした。
「有給を消化しても帰ってこない時は」
「……?」
「強制的に連れ戻すからな。それまでに話をつけて来い」
「キ……ヨタカ…」
思いがけない言いように言葉がない。
「な、に……馬鹿なこと言って。……そんな簡単に済む話じゃ…ない」
「だったらなおさらお前一人で抱え込むな。何のために俺がいると思っている」
「でも…」
「家出して逃げ出しているのと、きちんと家を出るのとは違うだろう。…それはそれでお前自身が対峙するしかない問題だ。……それとは別に、お前の抱えていることは俺も一緒に背負ってやる」
「そんなの……嫌だ」
自分を受け止めてくれて嬉しく思う反面、…キヨタカの荷物にはなりたくないという思いでいっぱいになる。
「一緒に生きるっていうのはそういうことじゃないか。俺は、これからもずっとお前と一緒に生きて行きたいと思ってる。ヒカル、お前はそうじゃないのか?」
「でも…」
「J部隊に戻って来い。あそこなら、一緒にいながら、お前の罪を償う道を模索できる。…他にも元テロリストを山ほどかかえているんだから問題ない」
「でもっ…!」
「家の問題については、実家に乗り込んだときに、『ご子息を俺に下さい』と土下座でもなんでもするつもりだ」
「キヨタカはそれでいいのか?」
「お前が自分には俺しかいないと言ったのと同じように、俺だってお前しかいないんだ。宮家で初めてお前に会ったときから惹かれていた。体面や体裁の為に恋愛の一つくらい諦めるのが当然と思っていた俺が、お前に出会って変わった。お前に愛されて変わった。この愛を失いたくないと思ったんだ。…ヒカルが……俺には必要だ」
「キヨタカ……ホントに…」
「本当だ」
先ほどとは違う涙が溢れてくる。
自分自身が抱えていた荷物に押しつぶされそうな自分が、彼と一緒に生きていく為ならばどこまでも前向きに頑張れると思った。
「解ったなら返事をしろ。」
「はい」
俺はそう言いながらキヨタカに抱きついた。
俺自身の最も欲しいものを手に入れたことを確信しながら。
「じゃあ行くから……」
「ああ。行って来い」
「行ってきます」
再び帰ってくるための、挨拶を交わして。
俺は、この部屋を後にした。
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