六日目
夢を見た。
アマネの夢だった。
夢の中で、レイと一緒にアマネのハンバーグを食べていた。
「美味しい」を連発する俺たちを見て、普段は無表情なアマネの口元がうっすらと綻ぶ。
そんなアマネを見て、俺はさらに幸せな気分になる。
そう…。俺は幸せだった。
あの日々は、今まで自分が得る事ができなかったいろんなものを俺に与えてくれた。
たとえどんなに酷い目にあわされても、彼への信頼は揺らがなかったし、絶対的な力への憧れと畏怖と服従と快感…あらゆる感情の的であった。
アマネが好きだった。
気が付いたら、俺は泣いていた。
目を開けると、ぼんやりと涙で滲んだリビングの天井が目に入った。
目尻を伝う涙を感じて、慌てて目元を拭う。
これ以上涙が溢れないように、腕で目元を覆った。
「……っ……」
俺は馬鹿だ。
こんな夢を見るなんて。
……タマキ君と生きようと決心した今──。
まだ、アマネの事を……。
「大丈夫か?」
不意に声を掛けられ、俺は慌てて身を起こした。
ソファーの傍にトキオさんが立っていて、気遣わしそうに覗き込んでいる。
いつの間にこんな近くまで。
「何でもないです…」
暗くて顔が見えないのが幸いだと思った。
これだと、きっと表情にも気付かれない……。
「何でもないって感じじゃないけど…」
そう言いながら、すっと手を伸ばしてきたトキオさんに目元を拭われた。
「あ…」
トキオさんの指が自分の涙で濡れるのを感じる。
涙を見られた恥ずかしさと、些細な事も見逃がさずに察してくれる心地よさにどうしたらいいのかわからないまま目を伏せた。
「怖い夢でも見た?」
「…いいえ、幸せな夢でした。…だから余計……」
「つらい……か…」
「トキオさんのせいですよ。あんなハンバーグ作るから」
「ええっ、俺のせい?」
「幸せな事も、思い出してしまった……」
「また戻りたくなった?」
「いいえ。……でも……」
そのまま口ごもってしまう。
『でも』のあとに何をどう続けたらいいのかわからない。
戻りたくはない。けれどまだ捨てきれられないさまざまな感情がある。
それをうまく言葉にできない。
トキオさんは、そんな俺を急かすことなく待った。
頭をくしゃりとかき混ぜ、そのまま俺を見つめる。
いつになく優しくて、だけど切ない眼差しにドキリとした。
「幸せ……か……」
そして、ポツリと呟く。
「それが本当の幸せならな……」
それが本当の幸せなら戻ればいい……そんなふうに聞こえた。
幸せなんて……。傍からどう見えようと結局本人の感じ方次第だ。
それを否定する気はないということなのだろう。
だけど、俺がそれを選ぶ時にはもちろん、彼がそれを見逃すはずがないことも解っている。
「あの歪んだ日々を全て肯定する気はありません」
「……」
「ここに居たいです。……だけど、もしアマネと対峙したとき、俺は彼に歯向かうことが出来るのか……自信がない」
「……」
「もし俺に彼が撃てなかった時は……」
ずっと黙って、頭を撫でていてくれていたトキオさんの手が僅かに強張った。
「………俺にこれを押させる?」
彼が左胸のポケットを指差す。きっとそこに起爆装置があるのだろう。
「撃てなくても、彼の動きを封じ込めるくらいは出来ますから」
アマネを切り捨てる事が出来ないのなら……、彼を道連れに死を選ぼうと思う。
「その時はよろしくお願いします」
頭を下げ、そのまま俯く俺に、トキオさんの声がすぐ傍で落ちてきた。
「だけど、……俺はそんな未来を決して望んじゃいないし……お前はそこまで弱くないと信じているよ」
そのまま肩を抱きしめられる。
「だから一緒に生きろ」
誰と……という問いは紡がれる前に、彼の唇で塞がれた──。
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