ハッピーハロウィン
──10月のとある日。
トキオが、キッチンで大量のクッキーを焼いていた。
色とりどりのクッキー。
チョコレートに、ナッツに、ドライフルーツ。
バターの香ばしい香りが部屋中に溢れている。
「どうするんだ? これ」
俺が訊ねると、
「ああ、これ? 明日のハロウィンに配るお菓子。きっと子供らみんな、お菓子貰いに来るよー」
と、トキオが答える。
「『トリックオアトリート』ってやつ? そいつは面白そうだ」
「タマキも明日は配るの手伝ってね」
「了解。……でも、美味しそうだな。一つ味見していい?」
クッキーに手を伸ばそうとすると、トキオが制した。
「ダメ。明日のお楽しみに……ね」
そう言いながら、ウインクする。
──だから、てっきり次の日に貰えると思ってたのに。
ハロウィン当日は、院の子供ばかりか、近所の子供もたくさん来て大盛況だった。
トキオのクッキーも好評だった。
子供の集団も大分収まったので、一休みしようと、ダイニングでお茶を淹れた時、ふといたずら心でトキオに言ってみた。
「トリックオアトリート」
トキオが、カップを持ち上げる手を止めて、ちょっと困った顔をした。
「ない」
「えっー!」
「クッキー。全部配ってしまったんだ」
「楽しみにしていたのに」
思わず不機嫌な声が出る。
「ごめんね」
トキオが申し訳なさそうに謝ってくる。
「ちぇ……。仕方ないな」
ないものは仕方ない。諦めるか……。
そう思った時だった。
「じゃ、いたずらする?」
「え?」
一瞬、呆けた顔になってしまった。
「お菓子をくれるか、いたずらか……だし?」
「えっ、ええっ!?」
今度は慌ててしまう。
貰えるのを前提で言ったので、いたずらなんか考えてない。
「えーっと……」
「言ったからにはしなきゃね。タマキが悪戯してくれるのか。……何をしてくれるのか楽しみだな」
そういいながら、にやりと笑う。
くそー。からかわれている。
こうなったら……。
トキオに近づくと、肩に手を掛けて、少し前屈みになる。
ようは、いつも自分がされて困ることを仕返ししてやればいいんだと思った。
それから、そっと耳元に顔を近づける。
耳にふーっと息を吹きかけた。
「これ」をされると自分は、背筋がゾクリと粟立って、とてつもなく恥ずかしい気分にさせられるから。
「……どう?」
そっと囁いてみる。
「うーん。いまいちインパクトに欠けるというか……」
あまり驚いた様子でもなくトキオにそう言われて、何だが悔しくなってきた。
「じゃあ、これは?」
そう言いながら、耳朶を唇で挟んでみる。
トキオの体がピクリと震えた。
「あ……なんかゾクっときた……」
「じゃあ……これは」
そのまま甘噛みしてみる。
トキオが息を呑んだのがわかった。
「じゃあ、これは……」
そのまま耳を舐めてみる。
「あ……」
トキオが短い声をあげる。
そのまま構わず舐め続ける。
ピチャリという水音が響いて、反対にこっちが、変な気分になってきた。
ささやかな仕返しが出来たことに対する満足感とか。
自分の行動で、相手がこんな風に反応してくれることに対する悦びとか。
能動的に、相手を感じることに対する驚きとか。
なんだか興奮してくる。
「…ちょ、タマキ……」
トキオに頭を捉えられ、そのまま顔を正面に向けさせられる。
それから、ハスキーな声で囁かれた。
「そんなことされたら、たまんなくなるでしょ」
そういいながら、唇を奪われる。
そのまま舌も絡め取られる。
「ん……」
深い口付けをされて、思わず腰砕けになるかと思った時。
キッチンの扉をノックする音が聞こえた。
「トリックオアトリート!」
新たな小さな来客が現われる。
「はいはーい。いらっしゃい」
トキオは何事もなかったように、立ち上がると、棚からクッキーを出してきた。
「はいどうぞ。召し上がれ」
そして子供たちに渡す。
それは、どうみても、昨日作っていたクッキー他ならなかった。
「トキオ!」
俺は真っ赤になって怒鳴る。
「だって。……こんな機会滅多にないと思ったからね。……でも、こんな悪戯してもらえるなら、毎年お菓子は渡せなくなるかな」
そう言うと、トキオは悪戯っぽく笑った。
END
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