やり方を知らない
本部での報告が終わって帰ろうと思った時、バンプアップに忘れ物をしたことを思い出した。
急ぎではないがさっさと仕上げてしまいたい書類。
まあ、帰り道だし──と思いながら寄った深夜のミーティングルームに、まさかあいつがいるとは。
地下の駐車場に車を停めて、入口に近づく。
カードと入力でセキュリティーのロックを外して、中に入る。
廊下のすぐ右手がミーティングルーム。その奥が射撃訓練場だ。
ドアを開けようとして、人の気配に身構えた。
途中まで開けたドアにもたれながら中を伺う。
すると、真っ暗なミーティングルームに、赤い火種が灯った。
たまたまその時に煙草を吸おうとしたのか、それともわざとこちらに自分の所在を明かそうとしたのか。
ライターの明りに照らされた、漆黒の長髪と浅黒い肌。
端正な顔立の男が、ソファーにもたれながらこちらを見ている。
「あー。お疲れ様です……」
そして、なんとも間抜けた挨拶を返してくる。
「職務放棄とはいただけないな……」
緊張を解いて近寄ると、トキオは吸い込んだ煙を、そっと下に吐き出した。
「職務放棄だなんて……」
そう言いながら、吸ったばかりの煙草をもみ消すと、灰皿の中に落とす。
「タマキが立派に果たしてくれてますから。……というか、あいつがいたらカナエが逃げ出すはずもありませんし」
「で、こんなところで何をしている?」
「……暇つぶし。ちょっと気を利かせたつもりです」
「……気を利かせた……ね……」
「そりゃまあ、相愛の二人がやっと再会できたというのに、お邪魔虫と三人暮らしですからね。……こっちもそれなりに気を遣ってるんですよ」
「そんなことで気を遣うタマか?」
「……嫌われたくはないですからね」
どっちに? という問いはしなかった。
知ろうとも思わなかったし、知りたくもなかった。
ただ、こんなところで、一人の時間を過ごすこいつを見ていると、なんだか切なくて抱きしめたい衝動に駆られた。
「それは殊勝なことだ……」
そう言いながら、隣に腰を掛ける。
そっと手袋をしたまま頬に触れ、唇を寄せた。
トキオは抵抗しない。
そのまま、舌を差し入れるとゆっくり口腔の中を犯していく。
舌を絡め、吸い上げ、淫靡な水音を立てながら、中を掻き乱していく。
互いの息が上がっていく。
さらに深く味わおうと、後頭部に手を回そうとした時──
ふと、テーブルの上に置かれた灰皿が目に入った。
ポツンと一つだけ、吸殻が落ちている。
申し訳程度に吸われた、先ほどの吸殻だけ。
煙草に火をつけた理由はやはり後者か。
「…………」
ひとり、暗闇の中で煙草を手に玩びながら。
口寂しさを紛らわせるわけでもなく、この男は何を考えていたのだろう。
そう、思うと急速に意識が浮上していく。
そのままゆっくりと顔を離した。
「これくらいで勘弁してやろう」
何を勘弁すると言うのか……。言ってて、我ながら可笑しくなる。
「なん…で……?」
荒い息を吐きながらトキオが問いかける。
「今日はしないんですか?」
「……それだけが目的と言う訳ではないさ」
「てっきりお仕置きでもされるのかと……」
「タマキがしっかり果たしてくれてるんだろう。なら咎める必要もないさ……」
「じゃあ、なんで…」
こんなキスを? ……口にはせず、熱い吐息で言外に問ってくる。
「口寂しそうだから」
ふっと歪んだ笑いが浮かぶ。
「嘘くさいですね」
まったく嘘くさいな……。と自分も思った。
だけど、本人がそういう紛らわせ方を望んでないのなら、自分もしようとは思わない……というのが本音だった。
いつだって、それが目的でやってるのではない。
したいことは……してやりたいことは、そんなことではない。
ただ、自分がそんなやり方しか知らないだけだ。
「らしくないですよ」
そう言いながら、トキオが腕を絡めてくる。
「中途半端に止められても困るんで……」
見上げる瞳に、切ない欲望を感じ取り──。
そのままゆっくり押し倒した。
(END)
八倉様へ…捧げます
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