CROSS DELUSION
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恋に落ちた瞬間
(DC2トキオグッドエンド後)


青い空、輝く太陽。
果てしなく広がる水平線。

バルコニーに身を乗り出して景色を眺めながら、タマキが感嘆の声をあげる。

「すごいな!全室オーシャンビューなんだ」

「気に入っていただけましたか?」

後ろからやってきたトキオが、ゆったりとした足取りで近づいてくる。

「うん。こんな素敵なホテルは初めてだ」

「そりゃよかった。ハネムーンだからいろいろ吟味した甲斐があったよ」

「ハ…ハネムーン?!」

「俺はそのつもりですけどね」

そう言いながら、タマキの左手を握りしめる。

その薬指には、トキオから贈られたリングが輝いていた。

そして、トキオの指にも同じものが嵌められている。

トキオと指輪を見に行ったとき、お互いがお互いに選んだペアリングだった。

ねじりのフォルムが入ったリングで、シンプルだが飽きのこないデザインになっていて二人とも気に入っている。

改めて自分たちが結ばれたことを実感する。

身内だけを呼んで式を挙げて。

仲間に見送られながら旅立って。

今ここに居るのだった。

「うん。そうだよな……。一緒になって初めての旅行だし」

タマキが照れながらそう言い、赤くなった顔を上げる。

「ありがとうな、トキオ」

「こっちこそ、ありがとう。俺と一緒になってくれて」

握り締めたままの手を引き寄せると、自分の腕の中に抱きすくめる。

そして、タマキも照れたように俯きながら胸元に顔を押し付けたまま、腕を回した。

トキオの匂いに包まれて、トキオの鼓動と体温を感じて、彼を一身に感じながら…。

だけど……。

こんな幸せを感じながら。

それでも、自分の中で消化しきれない謎がある。

それが、ずっと心の中にしこりのように残っている。

「なあ……聞いていいか?」

タマキは、ためらいがちにトキオに問いかけた。

「なんなりと」

「俺が、お前への気持ちを自覚したのは告白されてはじめて……なんだけど。お前が俺への気持ちを自覚したのっていつ?」

そう言いながらトキオを見上げる。

監視者の彼が、どうしたら、自分に恋することがあるのだろうか?

餌としての価値しか見出されず、監視対象でしかなかった自分。
部隊に戻ってからも事ある毎に、庇ってもらってばかりでお荷物でしかなかった自分。
そんな自分が、いつの間にこんな風に愛されるようになったのか。
気にしだすと止まらなくなった。

「恋に落ちた瞬間なんてわからないな。気が付いてたら落ちてる……のが恋じゃないかな?」

トキオが茶目っ気たっぷりにウインクしてくる。

「うん。…それも分かるような気がする…けど」

何となく腑に落ちない気がするし、すっきりしない。

だけど自分自身だって、そうはっきりした記憶があるかと言えば…自信がない。

いろいろと、助けてもらいながらもトキオの冗談とも本気ともつかない言動にはずいぶん悩まされたし、告白された時でさえ確認せずにはいられなかったほどだ。

だけど、一緒に暮らし始めた時から。
さりげなくこっちが負担に思わないようなやり方で、助けられていることに気付くのに時間はかからなかったし、彼なりの思いやりが身に染みた。

そんな彼に、知らず知らずのうちに惹かれていったのも当然かもしれない。

カナエが存在(い)たから、恋愛感情へ発展することはなかったけど。かけがえのない存在になっていったのは事実だ。

それはJ部隊の誰もに抱いてる感情だし、誰もが大切なことには変わりはない。だけど、兄弟のような、家族のような…肉親のような情を抱いたのはトキオが初めてだった。それは一緒に暮らしていた事にも関係するのかもしれない。

だから、カナエとトキオと3人で暮らす時もすごく心地がよかったし、この状態が続くのも悪くないと思った。

その幸せは長くは続かなかったし、カナエを失ったあとは呆然自失の自分がいて。

そんな自分を救ってくれたのもトキオだった。

見守りながら、業を煮やしながら、墓参りの算段までしてくれたときにはトキオの気持ちは固まっていたのだろうと思う。

カナエの事はずっと忘れられないだろうし、彼への思いが消えるわけじゃない。

なのに、そんな自分をまるごと受け入れてくれるトキオの愛情の深さに、驚かされた。

そんな彼を愛おしく思った。

自覚する前から好きだったことに気付かされた。

カナエを忘れないまま、トキオを好きになってもよいんだと素直に思えた。
彼とならありのままの自分でいられると思った。
ずっと一緒に居たいと思った。

「…俺もそうだから」

そして、腕にギュッと力を込める。







そんなタマキを、愛おしそうに見つめるとトキオも抱きしめ返した。

(本当は、あの時から……ってのはあるんだけど)





初めて会った時からのタマキを思い出す。

カナエと引き離され、記憶を失った状態のタマキ。
片翼を失くしたような喪失感と、それが何に起因しているのか分からない焦燥感を抱いて。一人、鬱鬱と過ごしているタマキに会いに病院に行った時、すがるような瞳で見つめられて…。

(なんだかほっとけないやつだよな)

そんな風に思わずにはいられなかった。

タマキは失ったものを取り戻したくて必死だったろうし、その心の隙間に付け入る形になってしまったのは否めない。

それは最初から自覚していたし、自分自身がカナエと引き離しておいて、この役割とはずいぶん皮肉だと思ったりもした。

あの時、刷り込みされた雛のようにトキオについてきたタマキを、ついつい構いながら情が移っていった。

頼りないように見えて、その実、芯はしっかりしていて。
仲間を思いやる気持ちや、仕事への情熱は変わりなく持ち続けていた彼。
彼と仲間たちが打ち解けていくのにさほど時間は掛からなかったし、そんな様子を見るにつけ、彼の本来の姿を思い知ることになった。

一生懸命な姿に惹かれていくのを…感じないようにしつつ、冷静な監視者の姿勢を崩さないように気をつけていたのに。

それでも、ゆっくりと心は彼に浸食されていった。

そして、彼の記憶が戻る時が来る。

カナエとの記憶が戻るのを機に、タマキが裏切るかどうかを見極めるのも自分の仕事だし、そうなった時に手を下すのも当たり前の事のように思っていた。

だけど、彼の取った行動は意外だった。

J部隊に残り、カナエを取り戻すために戦う──。

一見無謀にも見える考え。

だけど、その揺らぎない心に打たれたのも事実。

「カナエの揺れる気持ちはわかるから……。誰だって弱い心を持っている……。悪だって解ってても捨てられない部分はある。だけどアイツは光の中で生きたいと思ってるはずだし、そういう気持ちをがある限り、俺は諦めない。そんなアイツがまるごと好きだから」

彼がJ部隊に戻れる可能性は低いし、カナエ自身があっち側に染まってる可能性も高い事を示唆した時に、タマキが言った台詞だ。

カナエが余計な殺生をしないことに気付いて、確信した部分も多分にあるだろうが、それ以前に彼を信じていたからこそ言える台詞だったと思う。

その台詞を聞きながら、トキオが思ったことは別の事だったけど。

上の言いなりに動いている自分。良心の呵責に苦しみながらも、必要悪という言葉でそれらに折り合いをつけた。

弱い心とは思わないが…。それらに揺れる自分がいるのも事実。

タマキなら…。そんな自分をまるごと受け入れてくれるかもしれない……。

それは、今まで本気で誰かを好きになれなかった自分の中に、突如現れた感情だったし、これが何なのかもその時は自覚しなかった。

だけど、今ならわかる。

それが、自分の心からの渇望で。

狂おしい恋情の始まりだったと──。



こうやって、よい「兄さん」ぶりながら、全てを受け入れる自分を演じている今、とても打ち明けられそうもない。

正直、カナエへの嫉妬心だって、無いとは言えない。

だけど……。

傷心の彼を手に入れたいと思った時、自分に出来ることはこれくらいしか思いつかなかったし、それも悪くないと思った。




いつかは、すべてを打ち明けたいと思う。

そして、その時は、そんな自分の全てを受け入れてほしいと思う……。

そして、彼なら受け入れてくれるだとうとも。




「一緒に暮らしてタマキの良さに触れるにつけ、惹かれていったのは間違いないから。……そして、その気持ちは募るばかりだ」

「トキオ……」

トキオはそっと、タマキの腕を解くと、もう一度手を取る。

そして、タマキの左手を持ち上げると、その指にそっと唇を落とした。

「メビウスの輪のような永遠の愛を…誓うよ」

ねじりの入ったフォルムはメビウスの輪をかたどっている。

永遠の象徴。

2人の愛を表したような……。





「俺も…。ずっと…愛してる」




手を握り合ったまま見つめ合い、そしてどちらからともなく、瞳をとじると唇を合わせた。

いつの間にか、日は暮れかかり、あたりはオレンジ色に染め上げられていた。

一つに溶け合った影がいつまでもバルコニーに佇んでいた。

fin.

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