ただ君がいるだけで
(カゲミツ BAD END後)
「え? ヒカルが来てたのか?」
夕刻にカゲミツが帰ってきたときは、ヒカルが帰った後だった。
「ええ…。もう少しでカゲミツさんも帰ってくると言ったのだけど……」
彼の母は残念そうにそう言った。
「タマキは?」
「お茶をした後、ヒカルさんを見送って下さったわ。でも、その後ずっとお部屋に閉じこもってしまわれて。なんだかご気分がすぐれないみたい」
ヒカルを見送った後?
──なんだか、嫌な予感がした。
「ちょっと見てくる」
カゲミツは、出されたお茶もそこそこに居間を立つと、タマキの部屋へ向かった。
「タマキ?」
ノックをしてから声を掛けるが返事がない。
「入るぞ」
カゲミツはドアを開けた。
ベッドに腰を掛けて、手にロザリオを握り締めたまま俯いていたタマキが、ぎこちない笑みを浮かべながらこちらを向いた。
「おかえり、カゲミツ」
「ただいま」
タマキの様子に違和感を覚える。
どうして、そんな顔をしてるんだ。
カナエの迎えを夢見るように待ってるはずなのに──。
カゲミツは、窓のほうに目をやった。
珍しく、窓を開けてない。
いつもなら、カナエを迎えるために必ず窓は開けておくのに。
「どうした? 具合が悪いのか?」
カゲミツが、タマキの前に屈みこんで顔を覗き込む。
「ううん……」
そう言いながら俯く。
手を伸ばすと、ビクリと手を引っ込めようとした。
「俺……。ダメだ」
「なにが…」
「これ以上お前と居るわけには……」
「何を突然……」
カゲミツが驚いたように声を詰まらせる。
それから…出来るだけ冷静を努めて聞く。
「ヒカルに…何か言われた?」
タマキは俯いたまま、首を横に振る。
だけど、ぎこちない態度が、それを肯定していた。
「タマキ……」
カゲミツは引っ込めようするタマキの手をそっと引き寄せた。
「おまえは何も気にしないでいいから…」
ロザリオが握られた手をそのまま一緒に包み込む。
「俺はおまえが居てくれるだけでいいんだ。おまえがカナエの夢を見ていても構わない。……現実に目を向けるのが辛いときは、無理に見なくていい。夢の中で微笑んでくれていればいいから…」
「カゲミツ…」
タマキが驚愕で目を見開く。
「おまえ、気付いて──」
「ああ……」
カゲミツが、申し訳なさそうに微笑む。
隠すつもりの事がばれて、悪いのは自分だと言わんばかりに。
「そんな……。どうして? 気付いていてどうしてそんな態度を?……俺はお前を欺いていたのに」
タマキは、震える指を握り締めた。
正気であの態度を取り続けたと知れば、受けるダメージもなお大きいものとなるだろうに。
「いつ……気付いた?」
「そんなの……もう忘れたけど……」
最初は、本当にタマキは夢の世界に生きてるのだと信じていた。
その瞳に自分が映らないことを辛く思うこともあった。
儚い恋に涙することもあった──。
このまま叶わぬ恋で終わるのかと……。
そんな絶望に飲みこまれそうになるたび思い出した。
タマキが居なくなってからの絶望の一年を──。
ぽっかり空いた胸の隙間を埋めるすべはなく、全てが荒んでいった。
どん底で、もがき苦しんだ日々。
それでも、彼を想う気持ちが消えることはなかった。
その気持ちを再度自覚した時、心の中に何かが灯った気がした。
自分の中の純粋な感情を捨てるも育むのも自分だ。
それを捨てたくはない。
もっと強くありたい──。
そう思って、必死に立ち直った日々を思い出した──。
それに比べると、目の前にタマキがいて、触れることが出来て、自分が彼を守っていく事が出来る。
これを僥倖と言わずして何と言おう。
アネモネの咲き誇る庭で、「君を愛す」事を誓った。
──そんな時。
休講で思いがけず早く帰った日。
ルーフガーデンで、肩を震わせて泣いているタマキを見てしまった──。
タマキは正気で、現実の状況を解っていながら、必死に演技していることに気づいてしまった。
演技をすることで、自分の夢の世界を壊さぬように紡ぎ続けているのだと──。
ならば、その世界ごと守ってやりたいと思った。
「それが、偽りだとか思ったことはない。それもお前だと知ってるから」
カゲミツはそう言いながら、タマキの震える指を握り締める。
思わず顔をあげるタマキと目が合う。
その瞳は、戸惑いと、罪悪感と、悲しみの感情で揺れていた。
カゲミツはそんなタマキ、困ったように見つめ、それから膝立ちのままふわりと抱きしめた。
「俺はそんなお前を愛すと決めたんだ」
「カゲミツ……」
「愛してる」
そう言いながら、抱きしめる腕に力を込める。
「だから、これ以上お前といるわけにはいかないなんて…言わないでくれ」
「……っ」
「ずっと傍にいてくれ」
タマキがカナエへの思いを抱き続けても。
「ただ、おまえがいてくれるだけでいい」
この想いを消すことは出来ないから。
「俺の想いを否定しないで欲しい」
「カゲミツ……」
タマキの声が震える。
「俺……。このまま、ここに居てもいいのかな」
「ああ」
「………」
タマキは何か言おうと口を開いた。
しかし「ごめん」とも「ありがとう」とも言えず、結局口を閉じた。
そのかわり、カゲミツの背中に手を回すと、
そのまま強く抱きしめた──。
2010/07/15
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