CROSS DELUSION
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偽りの温もり
(カゲミツ BAD END後)


──タマキがカゲミツの家で暮らすようになって数か月経つ。

病んだタマキを見続けるのは相当しんどいに違いない。

痛々しく微笑むカゲミツをこれ以上見るのは耐えられなかった。


──タマキに、あいつのことを気付いてほしい。




そう思うと居てもたってもいられなくなって。

俺は、カゲミツのいないイチジョウ邸を訪ねた──。






「これは…。ヒカル様。……カゲミツはまだ大学から帰ってないのですけど」

カゲミツの母親が申し訳なさそうに答える。

「わかってます。今日はタマキに会いに来たんです」

「タマキさんに…。彼ならルーフガーデンに居ると思います。…どうぞ」

「タマキの具合は?」

「相変わらずカナエさんをお待ちになってますわ。……けど、最近は私たちの会話に入ってくれるようになりましたのよ。……以前はカナエさんの事以外、お話になることがなかったから……」

「そうですか。……カゲミツは、大丈夫ですか?」

「あら…どなたのお見舞いにいらっしゃったのかしら?」

笑いながらそう言って、…すこし目を伏せながら続ける。

「カゲミツなら大丈夫ですわ。……苦しいこともあるでしょうが、なによりタマキさんがあの子の生きる支えになっていると思います。彼がいるから強くあろうと思えるのでしょう。必死に頑張っています」

瀕死の重傷から、生還して。
その後にあいつの受けた絶望を、みんな知ってるから。
こうやって見守っているのだろう。

「お茶の用意をしておきますわ。タマキさんと一緒に下りてきてらしてね」

「ありがとうございます」








ルーフガーデンのブランコに、タマキは座っていた。

手には真新しい十字架のロザリオが握られている。

ところどころ古い色が混ざっているのは、カナエのロザリオの数珠を繋ぎ合わせたものだろう──。

「よう、元気か?」

苦々しい気分を飲みこんで笑いかける。

「ヒカル」

こちらに気づくとタマキが微笑んだ。

「元気だよ。今日はカナエの新しいロザリオが届いたんだ。これで…カナエもきっと喜んでくれる」

「…それっていつ?」

「きっとすぐだよ」

「それ言い続けてどれだけ経つと思う! もう半年だ。……生きてるならとっくに現れても不思議じゃない。それでも来ないってことはもう…」

「ヒカルっ…」

「タマキ! カナエはもう死んだんだ! いい加減目を覚ませよ。いつまで夢の世界に逃げ込んでるつもりだ!」

「違う!」

タマキが首を振って否定しようとする。

「カナエは生きている! アマネだってカナエだって死体が上がらなかったじゃないか!」

「そんなの、あの爆発で見つかるわけがないだろう」

「はっきり見るまで俺は信じない! ……本当は生きてるかもしれないという希望は、捨てられないんだ!」

タマキの苦痛の表情にハッとする。
それは夢を見るように、カナエの生きていることを語る彼とは明らかに違っていた。

「……タマキ……。お前正気……」

「正気だよ。これ以上ないくらい! 今、こうやってカナエを信じて待ち続けている俺が……狂ってようと、正気であろうと、本当の俺の姿だ…」

「だったら、それをカゲミツに……」

「言えるわけないだろう! 正気でカナエを待ちながら、カゲミツの手を取れるほど……恥知らずにはなれない」

そこには苦痛に満ちた表情で、こちらを見つめるタマキの姿があった。

「それでもカゲミツを苦しめてるには、変わりないじゃないか」

「………」

「おまえが何もわからないふりして言うセリフの一つ一つが、どれだけあいつを傷つけてるかわかってるのかよ」

「………」

「俺、このこと、カゲミツに言うぞ……」

「その時は……ここを出ていくよ」

「タマキ!」

「言っただろ。正気でカゲミツの手は取れないって」

タマキが出て行ったら、カゲミツが苦しむのは目に見えている。

そばにいることさえ叶わなくなったら、あいつは何をよりどころにして生きていけるというのだろう。

それを俺の手で奪う事は……出来ない。

「くそっ……。卑怯者」

「卑怯だってことは百も承知だ……。だけど、まだカナエを諦めきれない……そして、あの手にどれだけ救われてるかわからないんだ……」

「タマキ…」

「もう少し……。もう少しだけ……。時間が欲しい……」

「それでどうするつもりなんだよ」

「どっちか決めるまで…」

「どっちか?」

「カナエが生きていると正気で向き合って、カゲミツとの決別を決めるか。もしくは、カナエの死を認めて、カゲミツを受け入れるか……」

「決別なんか、俺もカゲミツも望んじゃいない…」

「うん…。だけどカゲミツだったら、どっちの俺も受け入れてくれると思う」

「虫のいい話だな」

「それも分かってる…」

きっとカゲミツなら、タマキがカナエの生還を信じると言ったとしても、彼を変わらず愛し続けるだろう。

その手を拒否されようとも……。

苦しみながらも。

ならば同じ苦しみでも、偽りの手の温もりを感じられる今のほうが、カゲミツにとってはよいのだろうか。

「こんなの……。絶対間違ってる」

「うん…」

だけど、せめてその時が来るまではこのままで…。

タマキがカナエの死を受け入れてくれることを必死に祈りながら…俺は待つしかないのか…。




「お茶が冷めるぞ…。行こう」

「ああ……」




庭にはハナミズキの花が、満開を迎えようとしていた。
まるで、カゲミツの気持ちを代弁するかのように──。


(安積さんからのリクエスト)

2010/07/12

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