全部抱きしめて
(カゲミツ BITTER END後)
タマキに抱かれた後、3日寝込んだ──。
なんかもういろいろショックで。
頭の中は真っ白だ。
4日目には普通に起きられるようにはなったが、とても仕事にはならないと思って欠勤した。
「さすがに、明日は出勤しなしとヤバいよな」
そういいながら、パソコンを起動する。
メールチェックや、やりかけの作業もある──。
ヒカルは、今日はキヨタカのところに行っている。
いろいろ言いたいこともあっただろうに、何も言わずに見守ってくれる気遣いが嬉しかった。
今もこうして、一人、ゆっくり考える時間があるのがありがたい。
自分自身が、抱かれる事にあれほど嫌悪感や恐怖心を抱いてるなんて思わなかった。
好きな相手に抱きしめられて恐怖する日が来るなんて信じられなかった。
身体を開かれることに、相手に征服されていくという屈辱感を感じてしまう。
想像を絶する痛みと、それを上回る快感を受け…自分が自分でなくなっていくような未知の感覚に対する恐怖感を抱く。
屈辱感や恐怖感だなんて。
どうしてそんな事を思ってしまうのか、何がどう受け入れられないのかも、うまく説明出来ないのに。
最愛の相手に対して、そんな思いを抱く自分自身への嫌悪。
なにもかも、最悪だ。
(自分は本当にタマキを愛しているんだろうか…)
そんなことまで考えてしまう。
好きだ。
あの、まっすぐな瞳と、心に惹かれた。
殻に閉じこもった自分を、この世界につなぎとめてくれた。
彼に見合うような人間になりたいと思った。
そんな感情が、いつしか愛とか、恋に変わっていくことは自分にとってなんら違和感はなかった。
だけど、俺は男だ──。
そんな考えでしか、彼を愛せてなかったのかもしれない。
守ってやりたいとか──。
自分の被保護下に置きたいとか──。
それは性行為においても同じだ。
抱き合うという行為に、夢を見ていたと言われればそれまでかもしれない。
自分自身、抱く立場でしか考えていなかった。
相手を抱きしめて。
包み込んで。
自分で満たしたい。
それで、自分も相手も幸せになれると思い込んでいた浅はかさが恨めしい。
タマキが一体どんな気持ちでいるか。
どれほど心傷ついて、すさんでいるか。
考えてやったことがあるだろうか?
タマキは、そんな俺の気持ちを見透かして、試したのかもしれない。
そして、失望したことだろう。
抱きたいというのなら、抱かせてやればよかった。
抱かれたいというのなら、抱いてやりたい。
もっと、全部彼を抱きしめてやればよかった。
失恋の痛手を抱えて、
隣の部屋で、想い人が睦言を紡ぐのを、聞かされ──。
今も、あの部屋で一人で耐えているのかと思うと、居ても立っても居られない。
今なら、ちゃんと全部抱きしめてやるから──
俺は、そう思いながらワゴンを飛び出した。
2010.07.07
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