Sleeping Beauty
(DC1 カゲミツビターエンド後)
「寝ていると、まるで眠り姫みたいだ……」
そんな、一言を漏らした時、キヨタカが言った。
「昔は西洋人形様って呼ばれていたくらいだからな」
西洋人形様……。
言い得て妙だ。
透けるような白い肌と、気品のある顔立ち、整った鼻筋。
閉じたまつ毛の長いこと。
本当に、造られた人形のように美しい。
そういわれるのも無理はないと思う。
「口さえ開かなければ…だがな」
キヨタカはさらにそう付け加えた。
「ふふ…。確かにそうですね」
口の悪い眠り姫。
だけど、俺はその口がべらんめぇな口調で話すのが好きだ。
その鳶色の瞳を覗き込みたいよ。
俺を見つめて欲しいよ。
そして──抱きしめて欲しい。
お前の目覚めは……。いったい何時なんだろう──。
* * * *
いつもはめいめいが勝手に見舞いに行くので、滅多に会うことはなかったのだが、今日はめずらしく、カゲミツの病室にみんなが揃った。
カゲミツの顔色もよく、空気も和やかだ。
「早く目を覚まさないかなぁ」
アラタも嬉しそうにはしゃいでいる。
「みんな、お前を待ってるんだ。起きろよな」
タマキも微笑みながら声を掛け、そしてそっと手を握りしめた。
「王子様のキスで目が覚めるかもよ?」
アラタが茶目っ気たっぷりにウィンクしながら言った。
「姫ってキャラかよ」
あわてた感じのヒカルが、そういって笑い飛ばそうとする。
「何を焦ってるんだお前は」
キヨタカが目聡く見咎める。
「なんでもねーよ」
すこし顔を赤らめそっぽを向くヒカルに、キヨタカはそれ以上言及はしなかった。だが、顎に手を当てながら何か考えているようだ。
「じゃあ、タマキちゃんの出番だね」
アラタがそう言いながら、タマキを見る。
「何でそうなるんだよ!?」
「嫌?」
「そうじゃなくて…」
すこし言いよどみながら、言葉を続ける。
「キスなんて、人前で出来るわけないだろ…。まして、おとぎ話じゃあるまいし。…それで目が覚めたら苦労はしないって……」
そうだ。…それで目が覚めたら苦労はしない。
タマキ俯きながら、カゲミツの手をぎゅっと握り締める。
そして、震える声で言い募った。
「なんで……なんでだよ。なんで目覚めないんだ! 俺が毎日キスしてやってるのに!」
「え!?」
驚いたのは、周りのほうだった。
一瞬みんなして、顔を見合わせて黙り込む。
その表情は、こころなしか、焦りの色があった。それと恥じらいの色が。
「…タマキちゃんも、してたんだ…」
アラタの呟きに、今度もみんなが反応する。
「も!?」
お互いの顔色をみて、それぞれがどのような想いを抱いているかを…。
理解しあった。
ただ、タマキ一人、後ろで繰り広げられている事には何一つ気付かなかった。
そう…。みんなの想いがそこにあった。
ある者は祈りを込めて──
「神様にね。君が助かるようにお祈りしたんだよ」
その祈りが通じたのなら、このキスで彼に伝わるかもしれない。
神様、本当にいるんなら聞いてくれるよね。
ある者は、冗談のうちに本気を隠しながら──
「ほんと、黙ってると眠り姫だよな。…眠り姫なら王子のキスで目覚めるはずだろ。…俺、一応それ系の人間だし」
冗談から駒っていうけど、…どんなくだらないと思ってる事さえ、試したくなる。
それで、本当になってしまえばめっけもんだ。
ある者は、半ば本気で自分の言葉を信じながら──
「目を覚まさないと、キスするぞ…」
いつものお前ならそれだけで、飛び起きるはずだろう?
「じゃ、キスするけど、腰砕けになっても知らないぞ」
このキスにお前が反応しないなんて嘘だよな。
ほんと、嘘だ…。
ある者は、物語に出てくる勇者のように──
「俺だって君を助けたい一人だから…。挑んでみるよ…」
だって、戦いもしないうちから諦めるのは、それは勇者じゃないからな。
そして、ある者は、純粋に奇跡を信じて──
「僕のキスで君を起こすことはできないのかな……」
信じる者は救われるって言うでしょう?
それで救えるものならば……。
どのキスが姫を起こしたのかはわからない…。
だが、すべての想いが集まった時、そこには確かに奇跡が起こったのだ。
ぴくり…と指が動いた。
「カゲミツ!?」
「動いた……」
タマキの声に反応するように、まつ毛が揺れる。
そして、重たそうに瞼が開く。
「おかえり……」
堪え切れず、瞳から涙をこぼすタマキ。
タマキの握り締める手に、応えるように、カゲミツが指を動かす。
そんな二人の様子を見ながら、周りの人間は心から喜び……。
そして、もう一度互いに顔を見合わせながら、この想いを胸に秘め、
永遠に黙することを誓ったのだった。
fin.
(てぃもさんからのリクエスト)
2010.6.30
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